ヒピオニア大陸へ向かってすぐ、海上に浮かぶものがあった。かつてダングレストでフェローを攻撃した移動要塞・ヘラクレスである。まるで大きな機械の昆虫のような形をしているそれは、上空に向かって絶え間なく砲撃を放っていた。空で幾度と無く爆ぜる光と炎が大気を揺るがす。
 砲撃の先にいるのは、大きな翼で空を飛び回る魔物の姿。

「あれは始祖の隷長アスタル……。アレクセイはまだ聖核を狙っているのね」

 苦々しい顔でジュディスが呟いた。
 まだ聖核を欲し、ヘルメス式魔導器を利用し、世界に仇なすつもりなのか。アレクセイの行為に、は静かに怒りを燃え上がらせる。
 アスタルは砲撃から逃れ、山の中腹に開いた穴の中へと入っていった。山のすぐそばに遺跡が見える。恐らくあれが、バクティオン神殿で間違いないだろう。
 ヘラクレスの砲撃を警戒し、少し離れた位置からヒピオニアへ上陸すると、一行は真っ直ぐに神殿を目指した。
 ――バクティオン神殿の入り口では、アレクセイと大勢の騎士が待ち構えていた。
 そしてアレクセイのそばには、エステル。禍々しい光と術式を放ちながら浮遊する球体に囚われた、たちの仲間の姿があった。エステルは光の球体の中でぐったりとしており、球体の周囲には数個の聖核が浮かんでいる。
 は震えた。その球体の輝きと術式が、どうしようも無く恐ろしかった。何故かは判らない。声も漏らせない。ただただそれが“よくないもの”であるということだけは、確かだった。

「アレクセイ!」

 ユーリの怒鳴り声が響き、アレクセイたちが此方に気づいた。まるで塵を見るかのような、酷く冷たい眼光が一行に向けられる。

「イエガーめ。雑魚の始末も出来ぬほど腑抜けたか」
「アレクセイ、あなたは一体、エステリーゼ様に何を……!」

 フレンが問い詰め、それにカロルとリタが続く。

「エステルを返せ!」
「エステル、目を覚まして、エステル!」

 不意にアレクセイが口許を吊り上げた。

「よかろう」

 エステルを捕らえる球体に向けて、彼は手にする聖核を掲げた。
 アレクセイが何をしようとしているのか判らない、しかし……恐怖するの口は勝手に開いた。

「止めて!」

 勿論、その叫びが騎士団長に届くことはない。
 聖核と術式が反応し、球体の中を電撃が走った。
 たまらずエステルが絶叫する。

「うあ、あ……あああ!」

 同時に球体から――エステルから、強烈な衝撃波が放たれた。もろに衝撃波を食らったたちは、為すすべなく吹き飛ばされてしまう。エステルの力と聖核、そしてアレクセイの仕込んだ術式によって産み出されたそれは、一種の魔術に近かった。
 仲間たちが悲鳴や呻き声をあげるのを見て、エステルは顔を歪めた。

「ユーリ! みんな! う……あ……」
「このとおり、何の補助もなしに力を使えば姫の生命力が削られる。諸君も姫のことを思うならこれ以上邪魔をしないことだ」

 笑いながらアレクセイは神殿へと入っていく。
 騎士団と、囚われのエステルを伴って。

「え、エステル……!」

 駄目だ。あのまま、エステルを行かせちゃいけない……!
 ……は、遠退きかけた意識を必死に奮い立たせた。地についた手に力をこめる。彼女の握力に耐えきれず草は引き千切れ、更には土を抉った。歯を食い縛りながら、暴走しかける義眼の熱を押さえ込む。何度か深呼吸をしているうちに、義眼の魔導器は落ち着きを取り戻した。
 他の仲間たちは、衝撃波によって気絶してしまっている。義眼のせいか力のせいかは知らないが、の受けたダメージは、彼らよりずっと少なかったようだ。

「みんな……」

 立ちつつ自然と仲間へ手を伸ばしかけた時、はハッとした。
 僅かに変わった視界。
 直に地面に触れる手と、同じような足の感覚。
 吹き付ける風が撫でていく、柔らかくて白い毛並み――……。
 ――は凍りついた。

「……あ、ああ……!」

 言葉になりきれない声が漏れる。ショックで足は縺れ、くらくらと目眩がした。
 傷ついた仲間と、神殿の入口とを交互に見やりながら、何度も何度も考える。
 どうしたらいい?
 どうすればいい?
 ひたすらには考えた。なかなか答えが出てこなくて、ただ狼狽えることしかできなくて、きりが無い。そこでは、考え方を変えることにした。
 私は、どうしたい?
 考えると同時に真っ先に過ったのは、エステルのことだった。
 気を失ったフレンたちの顔を見つめながら、は思い出す。
 ――私はガスファロストで、フレンに言った。“エステルを守る”と。
 ならば、今、自分がすべきことは。
 未だの中では混乱と動揺が渦巻いていたものの、それでもなんとか決断を下すことが出来た。
 気絶した仲間たちのことは気がかりだったが、見た限り酷い怪我ではない。しかし何時目覚めるか判らなかったし、自身、今の自分の状態をどう彼らに説明すべきか見当がつかなかった。ただでさえ切羽詰まっている仲間たちに、自分のせいで更なる不安を与えることは避けたかった。
 きっとユーリたちは立ち上がり、すぐに追ってくる。
 それまでに自分の状態を何とかするか、説明の仕方を考えればいいだけのこと。

「ごめん、皆……。先に行ってるね」

 は神殿に向かって駆け出した。
 まるで一陣の風のように、猛烈な勢いで地を蹴って行く。

「待ってて、エステル……!」

 何時にも増して鋭敏になった察知能力のお陰で、にはエステルたちの行き先が感じ取れた。エアルと聖核の力の気配を探りながら、神殿を突き進む。
 夕焼け色の隊服を纏った騎士や、神殿内の魔物たちは、問答無用でに襲いかかってくる。それを力業で捩じ伏せ、突進ではね除け、ひたすらに彼女は駆けた。
 エステルを助けるために。
 できる限り今の自分を仲間から遠ざけるために。
 がむしゃらに、駆けた。


◆◆◆


 激しい剣撃や魔術の音が聞こえて、ユーリの意識を覚醒させた。
 暗がりにあった視界が次第に光と輪郭を取り戻していく。ユーリは勢いをつけて一気に体を起こした。
 他の仲間たちも、次々に意識を取り戻し、立ち上がる。

「大丈夫ですか、隊長!」

 フレンに呼び掛ける女性の声が響く。ソディアだった。
 彼女に支えられながら起き上がったフレンは、頭を押さえながらも現状の理解に努める。

「どうしてここに……?」
「ヨーデル殿下が僕らを派遣したんです」

 問うフレンに、ウィチルが返す。

「きっと助けがいるだろうって」
「ったくあの天然殿下……。お節介にも程があるぜ」

 そう言ってユーリが肩を竦めると、ソディアが険しい顔で叫んだ。

「そういう貴様のザマは何だ。散々大口叩いていたくせに」
「育ちのいいお歴々と違って、こっちはデキが悪いんだよ。おい、みんなしっかりしろ」

 しかしユーリはさして気にすることもなく、仲間を振り返る。
 そして、気付いた。
 ――の姿がない。
 辺りを見渡しても、それらしい人影は無かった。こんな時に何処へ行ったのだろう?

(騎士団に連れてかれた……? いや、まさかな)

 を探そうにも、時間はない。

「アレクセイは神殿の中じゃ、早く追うのじゃ!」

 パティは仲間を急かした。幼い少女の顔に露になった怒りは収まることを知らない。
 一方ソディアは、神殿へ向かおうとするフレンを懸命に止めようとしていた。何とか一緒に殿下のもとへ戻ってはくれないか……。そう頼むソディアに、フレンは静かに首を振って返す。

「これは僕の、僕自身のけじめなんだ。エステリーゼ様のことも、アレクセイのことも。頼む、行かせてくれ」
「でも……」
「頼む」

 押し黙るソディアの横を、フレンは進み、神殿へと入っていった。それにパティも続いていく。
 唇を噛み締めるソディアを見て、ユーリは嘆息した。

「騎士ってのはホント、不自由だよな」

 するとソディアはきっとユーリを睨み付けた。震える拳を握りしめながら、彼女は怒り叫ぶ。

「なぜお前なんだ。なぜお前みたいなやつが、フレン隊長の友人なんだ! 隊長は私たち騎士の憧れだ。あれこそ帝国騎士の鑑だ。なのに! お前と一緒だと隊長は隊長でなくなってしまう。今回のことだって……」
「くだらねえ。そんな話ならそのリンゴ頭とでもすりゃいいだろ。オレたちゃあんたの愚痴に付き合ってる暇は無いんだよ」
「り、リンゴ頭ぁ!?」
「貴様っ!!」

 リンゴ頭呼ばわりされたウィチルが目を剥くも、ソディアの激昂はそれを上回る。剣を抜こうとする同僚を、ウィチルが慌てて制した。「駄目ですって、ソディア!」血相を変えてウィチルが訴えた甲斐もあり、ソディアは渋々柄から手を離す。
 しかし鋭い眼光は相変わらずユーリを捉えていた。

「これだけは言っておく、ユーリ・ローウェル。お前は……お前の存在は隊長のためにならない!」

 そうソディアは吐き捨てると、ウィチルや他の騎士と共に撤収していった。
 最初から最後までユーリに辛辣なソディアが見えなくなると、ジュディスは「激しいひとね」と溢した。
 ユーリはただ肩を竦めるのみである。

「さ、早いとこフレンたちを追っかけようぜ」
「ええ。あの調子で力を使わされたら、あの子もエアルの乱れも手遅れになってしまうわ」

 ジュディスの言う通りだ。このままでは仲間も世界も救えない。
 アレクセイの先の所業に、リタも怒りを隠せずにいた。

「あいつ……エステルを道具みたいに……! 許せない!」
「早く行かなきゃね、助けに! ……でも、はどこ?」

 意気込みながら、カロルは周囲を見渡していた。
 カロルの呟きで、リタたちもがいないことに気付いたようだった。
 しかし……。

「バウッ!」

 戸惑う仲間たちに、ラピードが吠えた。
 まるで“案ずるな”とでも言うかのような力強さを持った声だった。
 相棒の言葉に、ユーリは頬を緩ませる。

「……どうやらは、オレたちを待ちきれずに先に行っちまったらしいな」
「あら、せっかちな子ね」
「ワンワンッ!」

 ジュディスの呟きへ同調するかのようにラピードは鳴いた。
 他の仲間たちには判らないかもしれない。しかしラピードの鼻は確かにの匂いを捉えていた。それが神殿の中へ続いていることも。ただ、何時もと少しだけ何かが違う……。上手く言えないが、であってでは無いような、不思議な感覚だった。
 その疑問もきっと、神殿内で彼女と合流すれば解決するだろう。
 神殿へ走っていく仲間の後を追いかけながら、ラピードは思考に一区切りをつけた。

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