ユーリたちは、すぐにデュークの存在にも気が付いた。
見るからに疲弊しきったと、そんなを守るように立つデューク。周囲に倒れている親衛隊の騎士たち。突出していったをデュークが救出した。そんなところだろう、とユーリは判断した。
しかしデュークが何故こんな場所にいるのか?
「デューク、なんでここに?」
「……この地のエアルクレーネが急速に乱れつつある。私はそれを収めに来た」
ユーリに問われ、デュークは答える。右手には彼がいつも持ち歩いている赤い剣が握られていた。
何となく嫌な予感がして、は恐る恐るデュークに訊ねた。
「それって、どういうことですか。まさか……アレクセイがエステルの力を悪用してるせいですか?」
デュークは答えない。その代わりに、ジュディスが口を開いた。珍しく彼女の表情は険しい。
「はっきり言ったらどう? エステルを殺すって」
「なんだって!?」
「ったくどいつもこいつも。よってたかって小娘ひとりに背負い込ませやがって」
ジュディスの言葉をデュークは否定しなかった。
衝撃のあまりフレンは声を荒げ、ユーリは眉を顰める。
デュークは続けた。
「暴走した満月の子を放置してはおけん」
「暴走なんかじゃないです、あれはアレクセイが無理矢理に力を使わせてるだけで、エステルは悪くない!」
「満月の子の力が行使され、エアルを乱していることに変わりはない。、お前はその身でもって実感したはずだ」
デュークの指摘を受け、は口ごもった。確かに満月の子の力によって自分の体には“人ならざる異変”が起きた。しかしそれはアレクセイがエステルの力を悪用したせいであり、やはりエステル自身に非は無い。
「どういうことよ……?」
リタに問われたものの、は答えられずに俯いてしまう。今の仲間たちに自分の異変を話し、無駄な混乱を生むことを避けたかったのだ。
冷たいデュークへ、今度はユーリが食って掛かった。
「あんたもフェローと同じ石頭かよ。同じ人間同士もう少し話が通じるかと思ったんだけどな」
「人間同士であることに意味などない。ひとりの命は世界に優越しない」
「その世界ってのもバラしゃ全部ひとりひとりの命だろうが」
たちは口を挟めず、二人のやりとりを見守るばかりだ。
ユーリはデュークに詰め寄った。
「いいか、あの馬鹿で世間知らずのお嬢様は、オレたちの仲間なんだよ。部外者はすっこんでろ!」
「あの娘がどれほど危険な存在か、知った上で言っているのか?」
「知ろうが知るまいが、義をもってことを成せ、ってのがウチのモットーなんでな。どうしてもってなら、悪いが相手になるぜ」
二人は黙して対峙する。は不安そうにユーリとデュークの顔を交互に見やった。
……しばらくの沈黙の後、先に視線を外したのはデュークだった。
「良いだろう。ならばフェローが認めたその覚悟のほど、見せてもらおう」
デュークはそう言って、手にしていた剣をユーリの足元に投げた。幾度となくエアルクレーネを鎮めてきた、あの剣である。淡いエアルの光をまとった幻想的な刀身に、他の仲間たちも目を奪われていた。
「宙の戒典だ。エアルを鎮めることができるのはその剣だけだ。掲げて念じろ。そうすれば後は剣がやる」
その名には、みな聞き覚えがあった。
人魔戦争の頃から行方不明だという、帝位継承に必要な至宝の名前だ。それがまさか、デュークの持っていた剣だったとは。
当然ユーリは、その疑問を立ち去ろうとする彼にぶつけた。
「待てよ、デューク! 宙の戒典といや行方知れずの皇帝の証の名前だ。なんであんたがそれを持ってる? なんでそれがエアルを制御できる? あんた一体何者だ?」
その時、神殿の奥から巨大な爆発音がした。轟音は古びた神殿全体を揺るがす。
デュークは動じることなく、ユーリたちに背を向けたまま呟いた。
「その問いの答えを得ることが、今のお前たちの願いではあるまい。行け。手遅れになる前に。始祖の隷長が背負う重荷、それがどれほどのものか、身をもって知るがいい」
今度こそデュークは去っていってしまった。道を引き返す彼の姿は、あっという間に見えなくなってしまう。
仕方なしにユーリは剣を拾い上げた。向こうでは、リタたちが封印術式に向き合っている。
「、アレクセイはこの向こうに行ったのよね?」
「うん。でも、そこはエステルのせいじゃないの。私の力を使われちゃって……」
「エステルじゃなく、あんたの?」
「そう。だから、私にも封印がいじれないかやってみたけれど駄目で、義眼がおかしくなりかけて……それをデュークさんが助けてくれたの」
リタとの会話を聞きながら、ジュディスが腕を組む。
「アレクセイが、エステルだけじゃなくの力も行使できたというのが気がかりね」
「まさか……エステリーゼ様のような力が、にもあるのか?」
「エステルとはちょっと違うのだけれど……にも特殊な力があるのは本当よ。詳しい説明はできないんだけれど」
フレンの問いに、苦笑しながらジュディスは返した。そしてそのまま彼女は、視線をへと移す。
アレクセイに干渉されたということは、の力をアレクセイが少なからず知っているということになる。もしかしなくともアレクセイとには、何らかの関係があるのではないか……。
(アレクセイの口ぶりとの様子からして、あまり好ましい関係ではなさそうね)
真剣にリタとともに封印術式に向かうを、ジュディスはただ見守っていた。どんな言葉をかけるべきか判らなかった。今のが立ち向かわなくてはならないものの大きさを思うと、自分に出来ることが思い付かない。
は自身の力を自覚し、向き合っている。恐らくそれは、彼女の求めて止まなかった“記憶の復活”が近付きつつあることを物語っていた。もしかしたらそれは、既に始まりつつあるのかも知れない。
全ての記憶が蘇った瞬間、の心は記憶の重みに耐えきれず砕かれてしまうのではないか……。ジュディスの思考には、そんな不安がついて回っていた。
そしてその不安が現実とならぬよう、心の底から祈っていた。その為に自分に出来ることがあるならば、自分を“友達”と言ってくれた彼女の為に力を尽くしたいと思った。
しかしそんなジュディスの想いを他所に、の中はエステルのことでいっぱいのようだった。無理もないが、その必死さは危うくもある。
「ちょ、! 何してるの!」
「もう一回封印の解除に挑戦しようかと……」
「それで具合悪くなってデュークに助けられたんでしょ!? 止めた方がいいって!」
再び封印術式を解こうと義眼を活性化させたを、リタとカロルが慌てて止める。
そこにユーリも加わった。
「落ち着けって。とりあえずこの剣に頼ってみようぜ」
「……うん」
たちが封印術式から離れ、代わりにユーリが封印の前に立つ。
彼が宙の戒典を掲げ、気合いを込めて念じると、エアルの渦が生まれた。ユーリを中心に舞い上がるエアルの光が封印へと作用し、瞬く間に術式は消え去った。こうもあっさり封印が解かれるとは思わず、は呆然とした。皇帝の証というには、その剣の力はあまりにも不可思議かつ強力だった。権力の証と呼ぶに相応しいが、今の帝国では悪用されかねないように感じられる。
無事に封印が解けると、ユーリたちは早速奥へと進んだ。
歩きながらユーリたちは、宙の戒典について語り合った。
「これが皇帝の証、宙の戒典とはね」
「ユーリ、皇帝になれるね」
「こんなのただの飾りだろ。それになれたって御免だね、オレは」
カロルが茶化すと、ユーリは肩を竦めた。
「若いのに欲がないの」とぼやくパティに、「あんたが言うのもどうかと思うんだけど」と的確なリタの指摘が入る。
生真面目なフレンは、どうして行方不明の皇帝の証をデュークが持っていたのかについて悩んでいるようだった。
「帝位を巡る争いも、もとはといえばその剣が行方不明になったからだ。まさかあのデュークが盗み出したんだろうか」
「デュークさん、そんな悪い人には見えないけど……。持ち出したのには、何か理由があったんじゃないかな」
「の言うように理由があったにしても盗んだのは事実だ……とかって、騎士団が回収するとか言い出さねえでくれよ」
「判ってる。今はそんな場合じゃない」
フレンの真剣な眼差しに、はほっと胸を撫で下ろす。
デュークが手にしていたときよりも、宙の戒典は紫がかった落ち着いた輝きを放っている。ユーリによく似合った色合いだ。持ち主によって宙の戒典も、その在り方を変えるのだろうか……?
剣を見つめながら、ジュディスがぽつりと呟く。
「デュークはその剣でエアルクレーネを抑えて回っていたようだけど……」
「え! じゃあデュークは始祖の隷長と同じことをしてるの?」
「どうかしらね」
驚くカロルに、ジュディスは小首を傾げながら返した。
リタはじっと宙の戒典を見つめながら考え込んでいる。
「その剣……さっきエステルやと同じことをやってのけた。リゾマータの公式は既に一度確立されてた? でもそれならなんで失われたの? 魔導器が失われたように、災厄と関係してる? どうしてそれが帝国の宝物に?」
そんなリタを、ユーリは肩越しに振り返った。
「わからねぇことだらけだが、その剣のことは事が済んだあと好きなだけ調べればいいさ。今はエステルを助けるのが先だ」
「ええ、急ぎましょ!」
誰もユーリの提案に異論はなかった。リタに続き、他の仲間たちも頷く。そして駆け出す。
そんな中、ふとカロルがを仰ぎ見た。
「ねえ、、大丈夫?」
「え?」
「ボクらより先に神殿に入って、魔物や親衛隊と戦ったんでしょ? ボクらはそのぶん楽できたけど……は大変だったんじゃない?」
は声を詰まらせた。純粋にを信じ、心配してくれるカロルの眼差しに一瞬顔を歪めそうになりながらも「大丈夫だよ」と笑ってみせる。
「ちょっと無茶したけど、全部デュークさんが治してくれたから。心配してくれてありがとう」
「仲間なんだから当然だよ!」
「じゃが、もう一人で無茶はいかんのじゃ」
カロルに続いてパティもを心配するように口を開いた。
ふたりを見つめながら、深々とは頷く。
「うん、ありがと」
彼女の心の奥深く。
秘められた箱の、固く閉ざされた蓋が、少しずつ開こうとしている。
待ち望んでいた記憶の扉がそこにあった。
しかしそれに比例して沸き上がる、言い難い恐怖。
自分の体を襲った異変。
それらを知って、嘲笑うようにアレクセイが言い放った言葉が頭から離れない。
――なりそこないの怪物。
は、全てを隠して抱えながら、仲間の後に続いた。
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