ユーリたちがに言及する暇はなかった。の目が再び騎士たちへと向けられ、ユーリたちもそれに倣う。
奥から何者かが、ゆっくりと此方に近づいて来ていた。
手負いの仲間を支えながら、騎士たちが隊列を整えていく。現れたその人物のために、道を開けるように。
やって来たのは、白金の鎧を纏った騎士であった。隊服の色は夕焼けのように鮮やかな橙色――。
その騎士の姿を認めるなり、他の騎士たちは次々と後退していく。彼の邪魔をしてはならない、彼の足を引っ張ってはならない。白金の騎士へ対する、彼らの畏怖が伝わってくるようだった。
「あいつは!?」
「――シュヴァーン隊長……!」
リタの疑問に苦々しい声で答えたのはフレン。
シュヴァーンという名にユーリも聞き覚えがあった。今や腐れ縁のルブランたち三人組は、あのシュヴァーン隊所属の騎士だ。
「いつも部下に任せきりで顔見せなかったクセに、どういう風の吹き回しだ?」
シュヴァーンは答えない。ユーリは苛立ちながら、もう一つや二つ皮肉をぶつけてやろうと思った。
しかし、それを彼の相棒……ラピードが遮る。
「ワンワンワン!」
「どうした、ラピード」
ラピードが無駄に吠える犬ではないことを、ユーリは誰よりも理解している。尋常ではないラピードの剣幕に、彼は戸惑った。
「……やはり犬の鼻は誤魔化せんか」
白金の騎士がぽつりと溢す。ユーリたちに、酷く馴染みのある声音で。
彼らは大きく動揺した。
その声は、よく一行の前でおどけてみせたり、神出鬼没な風来坊ぶりで仲間たちを呆然とさせてみせたものだ。こんな風に低く鋭いものを孕んだことなど、まるで無かった。
だから、そんな筈はない。そんな筈は――。
「この声……まさか……レイヴン?」
否定されることを願いながら、カロルが問うた。
俯きがちだった騎士は、ゆっくりと顔を上げる。
髪型も格好もまるっきり変わっていたが、間違いない。あの瞳、あの顔。消えたはずの仲間、レイヴンであった。
思わぬ形での再会に、アレクセイへの怒りに燃えていたパティの気も動転する。
「はえ? おっさん!? どういうことじゃ!?」
「冗談……ってわけじゃなさそうね」
そう続いたのはジュディスだ。
「ギルドユニオンの幹部が、騎士団の隊長!?」
「なるほどな、そういうことかよ」
リタ、ユーリと呟き、何かの覚悟を秘めていくなか、カロルだけは泣き出しそうな顔でシュヴァーンを見て叫ぶ。
「そんな! だってドンは……ねえ、レイヴン!」
「騎士団長だけでなくあなたまで……何故です!」
フレンも訴えるが、シュヴァーンの返答は冷酷だった。
「俺の任務はお前たちとおしゃべりすることではない」
「レイヴン……!」
「こっちは急いでんだ。通してくんねぇか。それとも本気でやり合うつもりか?」
ユーリは低く唸るように訊ねた。
シュヴァーンは、腰に差していた赤い剣を抜くことで、その問いに応じた。まるで血に濡れたような、暗く赤い輝きの刀身だ。剣を構え、彼はユーリたちを見据える。
「バッカやろうが!」
たまらずユーリは怒号を上げた。宙の戒典の切っ先はシュヴァーンへ向けられ、ぴたりと止まる。
動揺を抱えながら、他の仲間たちも武器を手にしていく。
「帝国騎士団隊長首席シュヴァーン・オルトレイン。……参る」
冷ややかな名乗りと共に、シュヴァーンは突進してきた。鎧を纏いながら人間が発揮できるスピードとはとても思えない。
シュヴァーンの振り下ろした剣がまず先に狙ってきたのは、一番彼に近いだった。
武器での防御が間に合わず、は獣に変じた左手で剣を掴む。魔導器による強化をもってしても、その防ぎ方は負荷が大きかった。顔を歪めるの左手には剣がじわじわと食い込み、赤い血を滴らせていく。
「宙の戒典と狭間の者……。どちらも騎士団長の目的の大きな障害だ。必ずや処分させてもらう」
顔色ひとつ変えずにシュヴァーンは告げた。
は泣きたくなった。蘇った過去の記憶と、今までのレイヴンとの旅の思い出。何もかもが、茨の棘のように心にまとわりついて突き刺さる。
――遠い昔、自分が望まずにこの義眼を手に入れた頃。ただの魔核の入れ物に過ぎなかったに、最後まで人として接してくれた、たったひとりの騎士がいた。それが――彼だった。
とてもこんな戦いの最中、そんな思い出話に花を咲かせられるわけがない。
「あなたの手を、私なんかの血で汚させません……。それに、私は――」
は叫ぶ。
「友達を……エステルを助けなきゃいけないから!」
彼女の右手に携えられた鎌が迫ってくるのに気付いたシュヴァーンは、の手を剣から振りほどき、退いた。回避の後も一切乱れぬ体勢は、さすが隊長首席というべきか。よろめくに、シュヴァーンは再び剣を振るう。
そこにを守らんとラピードが駆け寄った。飛び上がったラピードの短剣が、下りてくるシュヴァーンの剣を弾き返す。
「ワオーンッ!!」
「ラピードさんっ……!」
は溢れかけた涙を手の甲で拭い、武器を構え直した。
背にを庇い、此方を見つめてくるラピードへ、シュヴァーンが呟く。
「まるで“騎士”だな。……君には尊敬の刃をもって戦おう」
シュヴァーンの剣技は一見、騎士の剣術そのものに思われた。だが何度も攻撃を繰り出されるたび、それが検討違いであることを知る。
彼の剣には、定まった型が無かった。ただの騎士とは一線を画する、まるで流れる水の如く流麗なその剣捌き。何にも対応しうるように研ぎ澄まされた柔軟かつ鋭い技術と、磨き上げられた実力、積み重ねられた経験たち。そして……推し量ろうとしてできるものではない沢山のものが込められた姿だった。
それが何故か酷く寂しくて、悲しい。
言い様のない感情たちを抱えながら、他の仲間たちもシュヴァーンと武器を交えた。
「絶対に許さないわ……許してたまるか……!」
「敵対するものに……許されるつもりはない」
リタの魔術を紙一重でかわし、シュヴァーンが仕掛けてくる。
術の発動のために無防備になったリタとシュヴァーンの間に、颯爽とジュディスが飛び込んでいった。ジュディスの突き出した槍を、彼は剣を振り上げ、弾いてみせる。
「あなたと戦わなきゃいけないなんて、とても悲しい宿命ね」
「俺も悲しい。あなたのような美しい方と戦わなければいけないとは」
言葉こそレイヴンめいていても、その声に抑揚は無い。
カロルは涙をこらえながらハンマーを握りしめている。
「ボク、レイヴンのこと好きだったんだよ……」
「……残念だったな……ここにその本人がいなくて」
あくまで彼は“シュヴァーン・オルトレイン”として自分達と戦うつもりらしかった。
まるでレイヴンという人間は初めから存在しなかったかのような頑なさに、どうしようもなく胸が切なくなる。
ぎりっと歯を噛み締めながら、フレンも次々とシュヴァーンへ攻撃を繰り出す。
「こうなれば、僕は敵としてあなたを倒す!」
「いいだろう、俺も同じ全力で行く」
多勢に無勢とは思えぬほど、シュヴァーンの力は凄まじかった。
なかなかユーリたちの攻撃は決まらず、どうしても後手に回らざるを得ない。数は少なかれど扱う魔術の詠唱も発動も早く、その威力も高かった。
やカロルの回復では、とても足りない……。
ユーリは憎まれ口を叩いた。
「くそっ……! いつもその調子でやってくれよ、おっさん!」
剣を持つ手が震えている。
シュヴァーンはユーリへ襲いかかりながら返す。
「いつもとは、どのいつものことだ!?」
こんなにも辛くて悲しい戦いは初めてだった。
誰もの声に怒りと悲しみが滲み、対してシュヴァーンの声は常に一定だった。これが本来の彼なのか、今もなお仮面を被り続けたままなのか……。答えは出ない。
だが、人数が多いぶん、戦いが延びるほどシュヴァーンが不利になることには違いなかった。四方からの攻撃、追撃、連携……。その全てを捌き、攻撃の手も緩めなかったシュヴァーン。隊長首席とて人間だ。少しずつ彼の顔にも疲労の色が見え始める。
肩で息をしながら、ユーリたちもシュヴァーンを見据えていた。
――もう少しで決する。
普段ならば躊躇わないはずのその状況で、まだ燻る“レイヴン”への思い。
それが、皆を鈍らせてしまう。
彼らの迷いを、隊長首席は見過ごさなかった。
「推して参る!」
シュヴァーンの極限まで高められた闘気が一気に放出される。オーバーリミッツだ。その闘気の凄まじさに、たちは圧倒される。
「すごい覇気なのじゃ……!」
そんなパティの呟きを辛うじては拾った。
オーバーリミッツ自体は、自分たちも旅の最中で幾度となく使ってきたもの。しかし、レベルが違った。シュヴァーンの激しい闘気に一行は吹き飛ばされかけ、揃って体勢を崩してしまう。
「……この命を燃やし、敵を討つ!」
覚悟に満ちた、シュヴァーンの叫びが轟く。
の眼に活性化したエアルの輝きが映った。刺激を受けたエアルたちが、シュヴァーンの胸へと集まっていく。とても常人の体では耐えきれない量だ。自身がエアルを取り込んだ経験のあるには、その危うさが手に取るように判る。
渦巻いたエアルが、シュヴァーンの吼えるような叫びと共に、強大なエネルギーと化して解放された。エアルの衝撃が仲間たちに襲いかかり、それを放ったシュヴァーン自身までをも蝕む。
――このままでは、彼が死んでしまう。
は自覚した。やはり無理だ。彼を討つことなど出来ない。皆きっとそうだ。だから、ずっと叫び続けた。訴え続けた。けれどもシュヴァーンは――レイヴンは――彼自身は、死のうとしている。頑なに仲間たちの説得を拒み、自ら破滅を選んで、今……それを実行している。
確かに自分達は全力で、本気で刃を交えていた。けれども、心の奥では叫んでいた。彼に戻ってきて欲しいのだと。
――シュヴァーンさん……レイヴンさん……もう、止めて。
は吼える。
――誰も、あなたに……仲間に、死んで欲しくない!!
「うああああああっ!」
義眼を、自身の力を、ありったけは解放した。その咆哮と力は遺跡を揺るがし、シュヴァーンの刺激したエアルたちに干渉した。渦巻くエアルのエネルギーを、彼女は全力で抑え込んだ。義眼から伝う温かなものは血か涙か。判らない。酷く熱くて、ずきずきと絶え間無い痛みが伴った。それでも、アレクセイに力を使われ苦しむエステルや、今の決死のシュヴァーンに比べたら、自分の痛みなんて可愛いものだ。
――エアルの嵐が、の渾身の力で鎮められる。
体力の消耗からか、シュヴァーンがふらりとよろめいた。しかし、倒れない。彼はぐっと踏み留まり再び紅の剣を翳すと、斬り込んできた。
それを迎え撃ったのは、ユーリだ。
二つの我流の剣術がぶつかり合うたび、火花が散る。激しさを増していく剣撃の音。
――絶え間ない攻防が続くかと思われた最中、フッと騎士が微笑んだのをユーリは確かに見た。
騎士は剣を手放したが、既に振り抜かれたユーリの剣が、騎士の命を絶たんと向かっていく――。
は思わず目を閉じた。脳裏に浮かんだのは、肉が断たれ血の飛沫が舞う様。
……だがその予想に反して、ユーリの剣は、ガンッ、と有り得ない音を立てて弾かれた。
「なっ!?」
その手応えにユーリも目を剥いた。剣から、なにか固い金属を強打したような衝撃が伝わった。相手の鎧が剥げ、隊服も破れたところを見ると、剣が直撃したのは間違いない。しかしシュヴァーンは、ぐ、と低く呻いただけで、そこに立っている。……生きている。
彼は、苦笑いを溢した。
「今の一撃でもまだ死なないとは……因果な体だ……」
そして、ユーリたちは再び驚愕する。
シュヴァーンの胸には、魔導器が埋め込まれていた。血潮のように脈打ちながら輝く魔核、鈍い銀色の筐体。間違い無い。ユーリの剣を弾いた物の正体はそれだった。
「な、なによ、この魔導器……。胸に埋め込まれてるなんて……」
の義眼などを遥かに凌駕しているそれに、リタも動揺を隠せない。
紅い魔核を見据え、ジュディスが冷静に呟く。
「心臓ね。魔導器が代わりを果たしてる」
「……自前のは、10年前になくした」
「10年前って……人魔戦争?」
カロルの推測に、シュヴァーンは頷いた。
「あの戦争で俺は死んだはずだった。だが、アレクセイがこれで生き返らせた」
パティが複雑な表情で「あの男、そんなことまでしとったのか……」小さく溢す。
は、シュヴァーンの魔導器を見た。じろじろ見ていいものではないことは重々承知している。しかし彼の心臓と自分の右目には、何か関連性があるように思えたのだ。
「……なら、それもヘルメス式ということ? なぜバウルは気づかなかったの?」
ジュディスの疑問には“それだ”と合点がいった。自分の目同様、彼の心臓からはエアルの動きが感じられない。アレクセイの用いたヘルメス式のものならば、すぐにエアルの異変が察知できるはずだ。
「多分、こいつがエアルの代わりに、俺の生命力で動いているからだろう」
シュヴァーンの返答に、再度は納得する。
「それだったらエアルを乱さないから、気づかない……」
「生命力で動く魔導器……そんな……」
リタの言葉はそこで途切れた。
突如、神殿が激しく揺れ始めたのだ。古びた神殿の天井や壁の亀裂が深くなり、土埃が舞い、細かな石の欠片が降り注ぐ。先のシュヴァーンとの力のせいにしてはタイミングが遅い。外から……あるいは最初から仕掛けられていた爆弾か何かが発動したと考えるのが自然だった。
不意に一際大きな音が響いて、瓦礫が落ちてきた。瓦礫が仲間に当たることは無かったが、不幸なことに唯一の部屋の出入り口を塞いでしまう。
「……アレクセイだな。生き埋めにするつもりだ」
シュヴァーンの呟きに、たちは耳を疑った。
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