「今や不要になったその剣さえ始末できればいい。そう言うことだろう」

 こんな状況で、シュヴァーンは非情な騎士団長の思惑を笑い混じりに語る。
 ユーリが眉を顰め、その横でフレンが青ざめる。

「それでエステル使ってデュークを誘き寄せたって訳か、つくづくえげつない野郎だぜ」
「あなたがいるのに……そんな、まさか」

 遺跡の揺れはどんどん激しくなっていた。
 床に座り込み、俯くシュヴァーンを見て、リタは焦りながら叫ぶ。

「ちょっと、おっさん! なんでそんなに落ち着いてんのよ!」
「俺にとってはようやく訪れた終わりだ」

 彼は立ち上がるどころか、その場から動こうともしない。
 剥き出しの魔導器の赤い輝き、悟ったような声音。それらから、ジュディスはシュヴァーンの思いを察した。

「初めから……ここを生きて出るつもりがなかったのね」
「そんな、本当なんですか!?」
「シュヴァーン隊長……」

 の悲鳴が響き、沈痛な面持ちでフレンが溢す。
 動かぬシュヴァーンに、ユーリがずかずかと歩み寄っていく。凄まじい剣幕と共に、青年は騎士の肩をぎりっと掴み、揺さぶった。

「一人で勝手に終わった気になってんじゃねぇ! オレたちとの旅が全部芝居だったとしてもだ。ドンが死んだときの怒り、あれも演技だってのか? 最後までケツ持つのがギルド流……ドンの遺志じゃねえのか! 最後までしゃんと生きやがれ!」

 ユーリの怒りに、シュヴァーンは水を打たれたようにハッとした。
 ――彼らとの旅のすべてが演技と言えば、嘘になる。
 ――ドンの死への感情も、そうだ。
 二つの仮面を使い分け、相反する立場の間を巡りながらも、シュヴァーンは自身の感情というものを抱いて動いていた。様々な出来事に、様々な感情を呼び起こした。
 それらが全て演技だとは……道化呼ばわりに甘んじていた彼にすら言い切れなかった。
 押し込めていた感情たちが決壊し、騎士の声を震わせる。

「……ホント、容赦ないあんちゃんだねえ」

 ふらりと立ち上がったシュヴァーンは、弓を取り出した。レイヴンとしてユーリらと行動する際によく見た、馴染みの武器だ。つがえた矢に渾身の力を込め、入り口を塞ぐ瓦礫目掛けて放つ。矢の直撃と同時に瓦礫は爆破され、その向こうの通路が見えるようになった。絶望的な状況に一筋の希望の光が差した。
 だがその衝撃は、遺跡の崩壊をもう一押しした。「危ない!」パティの叫びがするや否や、部屋に落ちてくる瓦礫の量と大きさが増していく。ユーリたちは急いで入り口へ向かって走ったが、天井の崩壊のスピードには追い付けない。

「くっ、間に合わねぇ!」

 ユーリの叫びは、轟音に掻き消されてしまった。
 崩落した天井に誰かが下敷きになったかもしれない。しかし……幸いにも、仲間は全員無事だった。
 ――シュヴァーンの、決死の行動によって。

「レイヴン!?」

 入り口間際で転倒してしまったカロルの声が響く。
 カロルたちを逃がすために、シュヴァーンは、落ちてきた天井を一人で支えていた。心臓の魔導器の強烈な輝き、額から伝う真っ赤な血……。満身創痍だというのに、シュヴァーンは笑っているではないか。

「長くは持たない……早く脱出しろ」
「おっさん!」
「シュヴァーン隊長!」

 ユーリとフレンの叫びに、シュヴァーンは静かに、だが力強い声で返した。

「アレクセイは帝都に向かった。そこで計画を最終段階に、進めるつもりだ。あとは……おまえたち次第だ」

 天井を支えるシュヴァーンの腕が震えている。
 は涙を堪えながら、彼を見つめていた。
「レイヴン、レイヴン!!」泣きじゃくって彼に近づこうとするカロルの姿が目に入り、ますますの視界は滲んでしまう。
 そんなカロルを、ユーリは静かに此方へと引き戻す。

「……行くぞ、カロル」
「でも!」
「行くんだ!」

 今までにない、激しいユーリの声。青年もまた、拳を震えるだけ握りしめて、氾濫する感情たちと戦っているのだ。
 シュヴァーンはカロルを見つめ、小さく頷いた。答えるように、カロルも頷き返し、涙を拭いながら部屋を脱出する。ユーリもまた騎士と視線を交わし、部屋を後にさした。
 ――ガラにもなかったか、な。
 一人微笑みながら物思いに耽るシュヴァーンの目に、微動だにしないが映った。まだ部屋を出ていないらしい。
 にも、シュヴァーンは促す。

「色々、ごめんな。……早く行くんだ、ちゃん」

 シュヴァーンの声に、は遂に涙を堪えきれなくなった。
 光る雫が溢れ落ち、石畳にぶつかり弾ける。
 ――は、ユーリたちに向かって叫んだ。

「必ず、追い付くから!」

 彼女の叫びに仲間たちが反応すると同時に、部屋の内部は完全に崩壊したのだった。


◆◆◆


 一行は必死に遺跡を脱出した。ユーリは自身の感情を抑え、仲間たちを叱咤し、先導した。彼だって悔しかった。泣きたかった。信じられなかった。
 激しい揺れにてっきり遺跡全体が崩れるのかと思っていたが、どうやら派手に崩壊したのはあの部屋だけらしい。通路は若干不安定さを増しつつも健在であり、何とか脱出することができた。
 しかし……。

「なんで、レイヴン……、

 ぽつりとカロルが呟いた。
 他の仲間も、同じ思いを抱いていた。
 間違いなくシュヴァーンは……レイヴンは、自分達の仲間だった。
 そしてシュヴァーンが命を懸けて開いてくれた脱出口を、は何故引き返していってしまったのか。誰も理由は判らなかった。
 重たい沈黙を破るように、パティが努めて明るい調子で話し出す。

は度胸があるのじゃ。有言実行するのじゃ。うちと砂漠ではぐれたときも“必ず見つける”と言って、本当に見つけてみせたのじゃ。じゃから、きっと……今回だって……」

 しかし、急速に語尾が萎んでいってしまう。
 ……気持ちを切り替えるように、リタは海岸へと目を向けた。そして、驚いた。

「ヘラクレスがいない……!」
「レイヴンの言った通り、ザーフィアスに向かったんだろうな」

 早速バウルを呼んでヘラクレスを追おうとした一行のもとに、がちゃがちゃと金属を激しくぶつけるような音が近づいてきた。焦燥を隠そうともしないその足音たちに、ユーリらは聞き覚えがあった。

「ユ、ユーリ・ローウェル!? 何故ここにいる!? それにフレン殿も!」

 ルブランと、その部下・アデコール、ボッコスのシュヴァーン隊三人組だ。
 あたふたと近づいてきたルブランは、フレンに尋ねた。

「ちょうどよかったフレン殿、我らがシュヴァーン隊長を見ませんでしたかな? 単身、騎士団長閣下と共に行動されたきり、まるで連絡がつかんのです」

 フレンのみならず、ユーリたち全員の表情が陰る。
 ルブランは続けた。

「どうも最近の騎士団長閣下は何をお考えなのか……親衛隊は何も教えてくれんし。あちこちあたってみて、やっとここまで来たんでありますが……」

 フレンは答えられなかった。辛そうに顔を歪める彼を見て、ルブランたちは不思議そうに首を傾げる。
 友人の代わりに、ユーリがルブランの質問へと答えた。

「アレクセイは帝都に向かった。ヘラクレスでな」
「なんと、入れ違いか!? それでシュヴァーン隊長は……」
「レ……シュヴァーンはボクたちを助けてくれたんだ」

 今度はカロルが答える。その言葉にルブランは安堵したように頷いた。何処か嬉しそうなのも、我らが隊長が人命を救ったと言う事実への喜びからだろうか。

「そうか! で、今はヘラクレスか?」
「……神殿の中よ。一番奥」

 ジュディスが告げるとほぼ同時に、神殿の方から轟音が響いてきた。部屋の何処かがまた崩れたのだろうか。地を揺るがすようなその振動と、痛いだけ鼓膜を突いた音に、ルブランたちの表情が強張る。
 ルブランはたまらずフレンに詰め寄った。「どういうことなんです、フレン殿!?」切羽詰まったルブランは、何度も、何度も、何度もフレンに問う。しかしフレンは何も言わない。ルブランたちも、何が起きているのかを……最悪の事実を察し始めていた。
 たまらなくなったリタが、ルブランたちに向かって叫ぶ。

「アレクセイのせいであたしたち死にそうになったのよ! それを助けてくれたのが、あんたらのシュヴァーンよ!」

 ルブラン、アデコール、ボッコスは揃って青ざめた。
 衝撃に言葉すら無くす彼らに、ようやくフレンは答えた。

「あの人は……本物の騎士だった」

 呆然と立ち尽くす三人へ、ユーリは早口で告げる。

「アレクセイは帝国にも内緒でなんかヤバイことをしようとしているらしい。オレたちはそれを止めに行く。あんたらも騎士の端くれなら、頼むから邪魔しないでくれ」

 歩き出すユーリが、ルブランの横を過ぎていく。
 ユーリの背を、パティが素早く追いかける。

「早くしないとヘラクレスに逃げられるのじゃ」
「急ぎましょう。バウルを呼ぶわ」

 バウルの角を取り出しながらジュディスが言った。
 空を仰ぎ、角を通して語りかけるとすぐに相棒は駆けつけてくれた。
 バウルは、ジュディスや仲間たちの重苦しい空気やその理由を、彼女を通して知った。
 仲間を拐い、しかし最期には自分達を助けてくれた仲間。そしてその仲間を“ひとりにさせない”とでも言うかのように、崩れる部屋に無謀にも飛び込んでいった仲間。
 表情にこそ出さなかった。ジュディスはそういった術に秀でていた。しかし、その心は悲しみに締め付けられ、泣き声をあげている。
 バウルは、静かに呼び掛けた。
 ――ジュディス、辛いな。
 ひっそりとジュディスが頷く。
 ――レイヴン、。どうして……。
 悲しい彼女の胸中を、その痛みを分かち合うように、バウルは小さく吠えた。


◆◆◆


 膝がくずおれ、天井が崩れ、酷い土埃と衝撃があった。
 シュヴァーンは……レイヴンは……その中で自身の死を覚悟した。
 遠い昔に死に別れた仲間たちの面影を思い描きながら、その死へと歩んでいく……はずだった。
 だが、耳をつんざくような少女の叫びによって走馬灯は途切れ、自分の体は、暖かく柔らかなものに包まれていった。
 結果、瓦礫と化した天井の下敷きになったはずが、自分は殆ど怪我を追うこともなく済み、死ななかった。
 ……微かな歌声に、シュヴァーンは目を開く。
 真っ白で、キラキラと輝く毛並みが視界に映る。自分をすっぽり包み込むように丸まっている大狼は、何らかの力を放っていた。その力がシュヴァーンと狼を守る小さな結界となり、瓦礫を防いでいる。歌も術の一種なのだろう。呼応するように白い光が舞っていて、雪に似ていた。
 シュヴァーンは、遠慮なく狼に体を預けた。

「全く、困ったちゃんだわねぇ」

 嘆息する騎士の言葉を受け、大狼は歌を止める。同時に光の雪も消えた。しゅんとし、耳を垂れる姿が微笑ましい。

「すみません、えっと……シュヴァーンさん? レイヴンさん?」
「どっちでも良いよ」

 彼が笑うと、狼は「じゃあ、折角だしシュヴァーンさんで」と呟く。
 確かめるまでもなく、狼はであった。

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