騎士団長が直々に指揮を執り築かれた移動要塞ヘラクレス。アレクセイがいるのは要塞の心臓部・制御室であろうと見当をつけたユーリらは、親衛隊たちを蹴散らしながら要塞を進んでいく。途中に厳重に警備された動力室の扉もあったが、流石に親衛隊の数が多すぎて捌き切れそうにない。
エステルを助けるため、迅速かつ慎重に一行は歩を進める。
道中、ユーリはを見た。
「記憶が戻ったって聞いたときゃどうなるかと思ったけど、おまえは大丈夫そうだな」
青年の言葉に、は満面の笑みで頷く。
「不思議と調子がいいんだ。何て言うのかな、今の気分は……」
「まるで水を得た魚のごとく、じゃのう!」
「うん、そんな感じ」
思い悩む彼女の句を引き継ぐようにパティがそう口にし、は笑ったまま同意する。バクティオン神殿で悲しげに自身を“なりそこない”と揶揄していたことが嘘のような溌溂さだった。コミュニケーションに関しては勿論、戦い方にもその影響が顕著に表れていた。何時もより軽快かつ柔軟に仲間との連携を図り、実行していく。
記憶を取り戻した彼女の快進撃ぶりに、カロルも嬉しそうだ。
「明るくなったね。!」
「記憶が復活したってことは、の性分はこれが本来ってことなんでしょ。賑やかしいのが増えちゃったわ」
嘆息するリタの顔に浮かぶ微笑を、ジュディスは見逃さない。
「言葉のわりに嬉しそうね、リタ」
「そ、そんなんじゃないわよ! の記憶が戻ったなら、その義眼についても色々聞けるかもってだけで、これ以上うるさいのが増えようが大差ないってだけで、別に……。そ、そうだわ!!」
頬を紅潮させて狼狽えたリタは、誤魔化すようにへ近づき、その右目を眺めた。
淡い輝きを保ち、魔核内では絶えず術式が巡っているの義眼。リタは義眼の魔導器のモニターを展開させてみた。以前調べた時の術式がどんなものだったかを思い返しながら、今の魔導器の状態を注意深く観察していく。……しばらくして、リタは観察結果に驚いた。
「前に見た時と違う……。というか、今観察してる最中にも、術式が変化してる……!?」
「ありゃりゃ、どゆこと?」
「判らないわよ。可能性があるとしたら……の力のせいね」
目を丸めるレイヴンと仲間たちへ、リタは淡々と説明を始めた。
「の力が魔導器と結びついて、能力を今より効率的に活用するために術式を書き換えたり、組み替えているんだと思う。その結果が変身だったり、エアルクレーネへの干渉だったりするんじゃないかしら……。びっくりよ。もうちょっと調べたら、リゾマータの公式に辿り着けるかもしれない」
リゾマータの公式。エステルを助けるために自分たちが目指す未知の法則。
の変身が、適切な術式と刺激によってエアルを源に引き起こされた現象だとすれば、公式への足掛かりになるだろう。彼女が変身しても、ジュディスやバウルは“そこ”からエアルの乱れを感じなかった。外見の変化、飛躍した身体能力。エアルの恩恵を受ける技術を、かつての始祖の隷長から得たというの血筋。
確かめたいこと、聞きたいことが、リタの知的探求心をこれでもかと刺激する。力の詳細が判ればエステルを救えるかもしれないという希望が、拍車をかけていた。
「でも、こんな場所じゃおちおち調べモンなんてしてらんねーぜ」
「わかってるわよ」
ユーリの指摘に、リタは一瞬だけ苦い顔をしたものの、公式への手がかり……がいなくなることなど無いと気付いて、すぐに立ち直る。話題のも、おっとりとした笑顔でリタを見つめているではないか。“勝手にいなくなったりしやしないよ”とでも語り掛けているようだ。
が記憶喪失だと聞いたときから、リタは様々な可能性を考えていた。そしてその中には「記憶が蘇った途端、その記憶の重さに耐えきれずには我を失うのではないか」という不安も含まれていた。記憶を失ったのが心的外傷のためだとしたら、十分にあり得ることであった。実際に遺跡で記憶を取り戻したばかりのは、シュヴァーンと対峙しながら、幾度となく辛そうに、悲しそうに顔を歪めていた。崩れゆく部屋へ引き返した無謀さからも、当時いかに情緒不安定だったのかがうかがえる。
そこまで考えてから、リタははたとする。とレイヴンを交互に見つめながら、彼女は首をひねった。
「……おっさんとって、記憶を失う前に何処かで会ってたの?」
「うん」
聞いた方が驚くほどあっさりと、はその事実を認めた。
「昔、親を亡くして路頭に迷ってたところを、シュヴァーンさんが助けてくれたの」
「いやいや、俺はアレクセイと技師の命令通り動いてただけよ」
「それでも、結果として助けてもらったことに変わりはないですから」
緊張感の無い世間話のような流れと微笑のままは続ける。
「アレクセイとも昔、会ってた。シュヴァーンさんと一緒に来て、私を助けてくれたから」
「それは……つまり、どういうことじゃ?」
パティ以外の仲間も、事情を知るレイヴン以外は困惑する。
どこまで話したらいいものか。状況としては、自分の話をする暇があるならば早くエステルの元を目指すべきだ。だが仲間の心は、そちらへ踏み出すためにもの事情を最低限知りたげな様子である。
悩んだ挙句、は義眼を指さした。
「アレクセイと繋がっていた魔導器技師の実験の成果が、コレなんだ」
突然のことに仲間は一様に言葉を失っている。の告白が意味するのは、エステルやシュヴァーンだけでなく、彼女も間接的ながらアレクセイの野望の為に利用されたということだったからだ。
何も言われないままの方が都合がいい、と右目のあたりを人差し指でトントンと叩きながら、彼女は極力感情を抑えてありのままに伝える。
「今じゃ技師も死んで研究資料も無くなったけれど、アレクセイに技術だけは伝わってたみたい。ちょくちょく覚えのある術式を見かけたりするんだよね……。エステルを拘束しているのもそう。最悪だよ」
「まさか、アレクセイはそんなことにまで手を……」
白い顔でフレンが唇を噛み締めていた。まるで自分のせいだと言うかのように。
エステルも、の傷をまるで自分の事のように心配してくれていた。フレンとエステルの姿が、目を細めるの胸の中でやんわりと重なる。
自分が明るく振舞うほど彼らはきっと気にしてしまう。だからと言って思いつめ過ぎても、やはり彼らは心配してくるだろう。厳しい旅を乗り越えてきた仲間同士だし、気持ちは痛いほどわかる。今まで幾度となく、互いを思いやって来た同志なのだから。
心配をかけ過ぎないよう、兼ね合いが難しいところだ。はそのバランスを探りながら、言葉を紡ぐ。
「私に防げた防げないはともかく、技師が行った実験の一部が今、アレクセイの手によって蘇ってしまっている。そしてエステルを苦しめている。この事実は変わらない」
「思い詰めんな……って、今までのおまえだったら言ってやるべきだろうけど」
拳を握り締めるへ、ユーリはフッと笑む。
以前と同じ真摯な眼差しではあるが、少女の中に、もう無謀の気配はない。力を思い出したが故に一般的には無謀なことすら彼女は可能だと考えているのかもしれないが、以前に比べて危なげなものはなりを潜めていることに違いなかった。
「今のおまえは、そういうところをしっかり自覚してるみてーだな。今度こそ一緒にエステルを迎えに行こうぜ」
「そうだね。今度こそエステルを助けて……私の不始末もしっかり片付けなきゃだ」
優しくも強固な意志を持った青年の声に、は大きく頷いて応えた。
進めば進むほど、この要塞を動かすエアルの乱れを大きく感じる。間違いなくヘルメス式魔導器の反応だ。身体的に影響はないが、精神的になかなか堪えるものがあった。エアルの氾濫は、ただ乱れているだけではなく、重苦しい沈痛さを帯びている。
――世界の悲鳴みたい。
義眼を押さえながら、は体を巡るエアルの流れを整えた。
◆◆◆
やっとの思いで辿り着いた制御室にいたのは、探していたエステルでなければ、アレクセイでもなかった。
倒れ伏す親衛隊たちを、路傍に転がる石ころか何かのようにぞんざいに足で押しのけ、血走った眼差しを此方に向けてくる一人の男だった。
「待ちかねたぜぇ、ユーリ・ローウェル!」
まさかこんなところで出くわすとは微塵も思わなかった。狂気と戦闘への執着に満ちた、あの男。
――ザギ。自ら片腕を魔導器へと挿げ替えた戦闘狂だ。
「てめえなんぞに用はねぇ。アレクセイはどこだ? エステルをどこにやった!」
驚きながらもユーリは、彼にエステルらの所在を問う。するとザギは高笑いしながら、ユーリの問いを一蹴する。
「居ねぇよ! そんやヤツは最初からここには居ねぇ」
してやられた。アレクセイはヘラクレスを囮とし、別ルートで何処かへと逃れていたのだ。まさかこの要塞すら捨てて行くとは予想だにしなかった。計算違いに歯ぎしりするユーリらを他所に、ザギはひとり狂気を高めていく。
構っていられる状況ではないというのに、いち早く旋回し部屋の出口へ向かったパティへ向け、ザギは間髪入れずに火球を放つ。寸でのところでパティは攻撃を回避した。が、一瞬前まで彼女の立っていた場所からは、黒焦げた煙が立ち上る。
「おいおいおいおいおい! そうじゃないだろ! さっさとお楽しみに入ろうぜぇ」
「何度も言わせるなよ。おまえに用はねぇ。消えろ! 邪魔するってんなら容赦はしねぇ!」
ユーリの怒号を受け、ザギの笑い声が一層けたたましくなっていく。
「そうだ、ユーリ。もっと怒れ! たかぶれ! 憎め! それこそが最高のスパイス!」
カロルは眉を顰めた。相手から伝わる異質さが以前より増していることに、少年は気付いている。
「こいつ……怒らせるためだけに邪魔してきてるの?」
「救いようのない人ね」
ジュディスが槍を握り締めながら吐き捨てる。
も鎌を構え直しながら、ザギとその異形の左腕を見据えた。自分が言えた義理では無いだろうが、悪趣味な魔導器だと心の底から彼女は思う。
一同が敵意を高めるものの、ザギの目に映るのはただひとり。
「さぁ……逝こうぜぇ! ユーリ・ローウェル!!」
最初から此方の返答に聞く耳を持たぬ狂気の塊は、凄まじい速さで迫り来た。
地を這うような死角からの攻撃や、空中で身を捩ったかと思いきや一直線に飛び込んでくる変則的な動き。あらゆるものが彼の性質そのものを体現している。語るより刃を交えた方が早い、という話を何処かで聞いた気がするが、まさしくだ。たとえ語れるとしても、ザギ相手ではユーリのみならず誰もが遠慮したいことだろう。
「今度こそ破壊するわ、その腕を」
「そのバカみたいな義手、ブチ切る」
図らずしてジュディスとの言動が重なった。槍と鎌の連携を、ザギは笑いながら弾く。魔導器の義手と刃がかち合い、耳障りな高い金属音を立てる。
「ユーリとオレ様の邪魔をするなぁ!」
「邪魔するなはコッチの台詞だよ!」
怒鳴り声と共に突進してきたカロルのハンマーがザギ目掛けて振り下ろされた。が、紙一重でザギはハンマーを回避し、一気に攻撃へ移った。
自らの体に毒薬を取り込みながら暗殺者は攻め込んでくる。毒の香りが風と共に舞い、の鼻を突く。
「自分から毒薬吸うなんて……! っ、げほっ!?」
咳き込んでから彼女は、その毒が周囲にも移るほどの強力なものであることに気付いた。視界がぐらつき、体が蝕まれていくのが判る。
瞬時には義眼と能力を呼応させ、体内の毒を浄化させた。駄目でもともとと行ったのだが、上手くいったようだ。体が軽くなる。ザギを見ると、まだ彼の体には毒が宿っているようだった。仲間たちが近づいては、と同じように毒に侵される可能性がある。
「毒吸って周りにもばら撒くなんて、本当にどういうつもり……!」
「厄介だわねぇ」
思わず愚痴をこぼすへ、レイヴンが応じながら矢を放つ。矢を弾きながらザギは笑う。
「ははぁっ! 丁度いいハンデだろぉ?」
他の仲間たちも毒に警戒し距離を取るが、それではザギの思うつぼだ。ユーリしか眼中にないとはいえ、ザギはらにも確実に攻撃を放ってくる。
は必死に考えた。
毒に罹ったら治せばいいだけだが、解毒薬は限られている。術で治そうにも、この無茶な治癒術を……上手く他者に作用できるか判らない技を、仲間たちに放つわけにはいかない。しかしザギを遠距離から仕留めるのは、もっと無理がある。レイヴンの弓矢やパティの銃に頼るにも、リタが術を唱えるにも、限られた空間内では限度がある。なにせ相手は戦闘に生きる人種だ。生半可な攻撃は通用しない。この空間はザギに対して有利だ。
一体どうすべきか――。
蟠るの思考を切り裂いたのは、ユーリの声だった。
「この粘着野郎! いい加減にしやがれ!」
次いで生じた衝撃波、ユーリの剣技・蒼破刃が真っ直ぐにザギへと迫る。ザギはこれを真正面から喰らい、吹き飛んだ。
「ぐはぁ!!」
宙に舞った彼の体は勢いを増しながら制御盤上部を突き進み、窓ガラスを派手に叩き割る。音よりも、此方へ降り注ぐ破片へたちは注意しなくてはならなかった。
一行の怒りを煽りに煽った男・ザギの姿は、弧を描きながら要塞の外と消えていく……。
ユーリの強力な一撃が功を奏した。が、安堵する間もなくユーリはリタを顧みる。
「リタ!」
「わかってる!」
制御盤へ駆け寄るリタ。彼女の的確かつ迅速な操作により、ヘラクレスの動きは程なくして止まった。
ふう、とようやく一同は一息吐いた。しかし、
「エステル……。どこに連れていかれちゃったの……」
リタの声は震えていた。制御盤に向かったまま、仲間たちへ背を向けつつ、少女は続ける。
「アレクセイはエステルを道具としか見てない! このままエステルの力を使われちゃったら……ホントにエステルが星喰みを引き起こしちゃうかもしれない!」
「させないさ。だからオレたちがいる。そうだろ」
不安を吐き出すリタに、ユーリが静かに返した。
パティも、かつてエゴソーの森で自分を元気づけてくれたリタの背中へ優しく呼び掛ける。
「リタ姐、元気を出すのじゃ。絶対……アイツを倒して、エステルを助けるのじゃ」
「……そうね」
何とかリタの心境に踏ん切りがついたと見て、ジュディスは口を開いた。
「もう一刻の猶予も無いわ。このヘラクレスもヘルメス式魔導器を使ってる。……でしょう? 」
「うん。リタが止めてくれたお陰で今は落ち着いたけど、さっきまでエアルが悲鳴を上げてるみたいだった」
「これだけのものを動かしているんだものね……」
に確認を乞うたジュディスの表情が陰る。「早くアレクセイを見つけないと!」決意に燃えるカロルの声に、ジュディスは頷いた。
「バウルにお願いして、エアルの乱れを追ってみましょう。エステルが力を使わされているのなら、きっと見つかるわ」
ジュディスが言い、その横を過ぎてが制御盤――割れた窓へと近づいていく。かつてガスファロストへ続くエアルの乱れを義眼が捉えた時のように、エステルの力の残滓か何かを見ることが出来ないかと試みる。下手をすれば海へ落ちてしまいそうなほどの位置まで身を乗り出して空を見上げた瞬間……、眼下で輝くものがあった。
反射的に海へと視線を落とした彼女の目に入ったのは、――先刻吹き飛ばされたはずのザギ。左腕の魔導器が禍々しい光を放ち、海面から飛び上がってくる彼の支援をしている。それと同時に魔導器がエネルギーを蓄えているのを感じた。
ぞっとするような狂気の瞳に、は血相を変えて仲間を振り返る。
「皆、危な――」
彼女の叫びより、ザギが戻ってくる方が早かった。
「遅ぇんだよ、グズが!」
「がっ!?」
ザギは笑いながらの後頭部を蹴り飛ばした。無駄な丈夫さを発揮してきたでも、流石にそれは耐えきれなかった。義眼へ呼びかけようにも、その為の信号を送るべき脳が衝撃に揺れて役に立たない。首が千切れず、舌を噛むことも無かったのが不思議なくらいだ。
声にならない声を上げたの体は、制御室の床へと叩きつけられる。次いで赤い閃光が視界を埋めた。此方はのみならず、他の仲間たちをも射程に捉えた攻撃だった。なすすべなく、ユーリたちはザギの不意打ちを受け、地に伏せる。
「ひゃはぁぁ!! ユゥゥリィ! まだ終わっちゃいねぇぇ!!」
傷だらけのザギの叫びが木霊する。自身が受ける痛みすら、彼にとって“スパイス”なのかもしれない。
今のでは、ザギが何を叫び、仲間たちが何に呻いているのかすら理解できなかった。ただ耳を突くものの存在をかろうじて認識できるだけで、気力だけではどうにもならない衝撃に頭と意識が絡めとられ、ゆっくりと沈んでいく――……。
「いっちまいなぁ!!」
ザギが魔導器の腕を掲げる。エアルが集中し、再び光の雨を降らせようと高まっていく。
だが、そのエネルギーが放たれることは無かった。
突如として制御室に舞い込んだ二つの影。それらは鏡合わせのように同調した動きで、ザギへ強烈な蹴りをお見舞いした。「ぬぁ!」ザギがよろめくその隙を逃さず、第三の影が現れ、とどめの一撃を放つ。真っ直ぐ放たれた光線が、ザギを艦外へと吹き飛ばした。
「ああああぁぁぁああ!!」
遠ざかるザギの悲鳴の後、ユーリたちの体を光が包んだ。落ちかけていたの意識も、瞬時に覚醒する。
今の光は治癒術らしかった。身動きできない自分たちを、何者かが乱入し助けてくれたらしい。
だが、その乱入者の顔を見た途端、一行に再び緊張が走る。
「……どういうこった」
忌々しげにユーリが溢す。
一行に治癒術を施したのは〈海凶の爪〉のゴーシュとドロワット。
そしてザギを吹き飛ばした銃弾を放ったのは……、
「ビュリフォーなシャウトでしたねー」
〈海凶の爪〉首領・イエガーであった。
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