「エステルの生命力を脅かさないためのシステム、ですって?」
「うん」
回復したバウルがザウデ不落宮付近まで運んでくれている船の中で、はリタと改めて会話していた。エステルへ託したペンダントのことである。リタが危惧していた生命力への影響について、彼女が心配するほど大きな事態にはならないということを伝えておかなくてはならなかった。
「何て言えばいいんだろう。私が貯めたエアルを毛玉みたいにペッと吐き出して固めたものを加工して、エステルの術技を使用する際に仲立ちになるようにして生命力への影響を最小限まで抑えるために拵えたものって感じ」
「喩えが猫の毛繕いみたいなのはともかく、あんた凄いわね。リゾマータの公式をやってのけるだけあるわ」
「私は公式をやってのけてないよ」
は使い込んだナイフを握りしめる。記憶を取り戻した今、よくよく見れば、このナイフにもの力を活用するための術式が刻み込まれていた。だからこれを用いて、結晶を加工し、術式を編み込んだ。その説明の為に今ちょうどリタに見せたのである。
「公に、みんながちゃんと共通して使えて初めて公式でしょ? 私のは私でしか使えないから違う」
「……言おうとしたこと全部言われたし。、あんたちょっと変わった?」
「そうかな?」
更にリタが物言いたげにへ視線を投げたものの、言葉にすることは無かった。
その間を読んだかのように、が用意した簡易システムについて、エステル当人から聞かされたカロルらが駆け寄ってくる。カロルの目は輝いていた。
「すごいね、! エステルのこと聞いたよ」
「リタのシステムありきだから、私はすごくないよ。実際にまだ挑戦してないから、不備があったらその都度更新しなきゃいけないし……」
「そんな謙遜することないのじゃ。一本釣りで大マグロを仕留めた時ぐらいに胸を張っていいんじゃぞ」
だが、ゆっくりと会話を繰り広げていられる余裕はなかった。
あっという間にザウデ不落宮へ近づいた一行は、そこで繰り広げられている光景に目を剥いた。
――激しい光閃、舞う紅蓮の鳥。
フェローがたったひとりで、ザウデ不落宮に挑んでいたのだ。巨大な魔核から幾度となく放たれる光撃を回避しつつ、フェローは魔核の真下へと降り立ち、直接エアルの吸収に挑む。だがその直後、ザウデの真上の空で輝く星から、ザウデの魔核目掛けて光線が伸びてくる。光は魔法陣を展開し、フェローを弾き飛ばしてしまった。
かつてユーリらに圧倒的な威厳で立ちはだかったあのフェローが、いともたやすく退けられていく……。
誰よりも彼の力を身にしみて実感しているジュディスは、ふらふらと飛び去るフェローの痛々しい姿に狼狽えた。
「フェローほどの力を持った始祖の隷長はほとんどいないのに……」
「それが手も足も出ないたぁ、どんだけヤバいのよ。あれ」
ぞっとするレイヴン。光景を眺めていたリタは、動揺しつつも冷静に分析を図る。
「エアルレベルで干渉して再構成したのよ。……なんて処理能力」
「あの規模でやられちゃ、私も立つ瀬がないや」
はは、と気の抜けた笑いと共に珍しくが皮肉めいた愚痴をこぼす。
あまりにもザウデ不落宮の威力は圧倒的であった。
――ますますアレクセイの好き勝手にさせられるものではない。
フェローが決死の行動で注意を上空に引き付けてくれた隙を狙って、ユーリたちは海からの侵入を試みた。
「フェロー……ありがとう」
空を見上げるジュディスの切ない表情と声音に、も心の中で“ありがとう”とフェローに感謝を述べた。
初めて出会ったときから、思えば、彼は優しかった。たちを消し去ることなど一瞬でできたはずなのに、対話の機会をくれ、エステルの力の解決にも猶予をくれた。今しがた、単騎でザウデに挑んだことも、彼の“護る”想いの一つの表れだ。ジュディスの顔を見ればそれが伝わってくる。
「後でお礼言いに行かなくちゃね、フェローに」
「ええ……。無事だと良いのだけれど」
……無事にザウデ不落宮へと上陸した一行の目にまず入ったのは、アレクセイ親衛隊の姿。向こうの海岸には戦艦。改めて入り口を見れば気が遠くなるような警備の多さ。もとより正面突破は無理であろうと姿を潜めてやって来たのだ、ユーリたちは手分けして他の入り口がないかを探して歩く。
「風が流れてるな、ここ」
ユーリが見つけたのは通風孔だった。しっかり留められてはいるものの、「ボクの出番だね!」とカロルが張り切ったところを見ると、何とか通れそうだ。
その間もリタはエステルを心配してそわそわしていた。彼女から視線を外すことなく、わかりやすい心配ぶりだった。かつて魔導器しか目になかった少女とは思えない。きっと今のリタが、本当のリタなのだ。素直にそう伝えてはリタに噛みつかれそうなので、は何も言わずに見守ることへ徹する。見守りがてら、エステルに託したペンダントと自分の繋がりを確認し、うん、と手ごたえを感じた。ちゃんと機能している――。
確かめた直後、カロルが通風孔を外すことに成功した。
「開いた!」
「お見事。んじゃ行ってみよーか」
カロルの頭をぽんとひと撫でし、ユーリは先陣を切って通風孔へと踏み入ったのだった。
……中は薄暗く、ぼんやりと青い輝きがところどころにあり、遺跡のような雰囲気だ。通風孔をくぐって程なくして内部らしき場所へ出ることが叶った。
「いろんな魔導器を見てきたが、ここはまた格別だねぇ」
警戒しつつも、レイヴンは、ザウデの様子に感心しているようだった。
辺りを見渡しながら、ジュディスも呟く。
「これが古代ゲライオス文明の末期に作られたのであれば、技術の集大成なのかもしれないわ」
「ミョルゾで見たレリーフの建物がこのザウデなら、その可能性は高いよね」
カロルも加わった。一同は恐らく、ほぼ同時に、ミョルゾの村長の家の壁画を思い出していた。大きな輪、それに対抗する星の生き物、共に刻まれていた文章。
エステルは思いつめたような、沈んだ声音で零す。
「世界を破滅に導こうとした災厄、星喰みと何か関係があるんでしょうか」
「本当にゲライオス文明の末期に作られたんなら、星喰みを抑える力を持っているのかもしれないわ」
リタの意見に、そうですね、とエステルは頷いた。些かその表情は明るくなる。誰かと言葉を交わすだけで僅かながらも安堵するのが人間という生き物だ。相手が自分を想って戦い抜いてきた友となれば尚のこと。改めては、リタとエステルの仲睦まじい姿を愛おしく感じて、こっそり笑みを浮かべた。
「それでレリーフに残ってるってか。筋は通ってるが、フェローの言葉との反応が同じだったのが引っかかるな」
ユーリが指しているのは、ザウデに向かう直前、ジュディスがフェローに連絡を取った際のことだ。
フェローは『始祖の隷長であれ人間であれ、あれに触れるな』……そう告げたのだという。
そして偶然にも、アレクセイがザウデ不落宮を呼び出した瞬間、それを目にしたは『あれは、誰も触っちゃいけないもの』と口にしていた。
呟きの真意を今になって問われ、は慌てた。
「私のは直感的なものというか、隠されてるほどのでっかい魔導器見たらみんな同じ気持ちになるでしょう?」
「おまえ時々ヘンなカン働くだろ」
は旅を振り返った。そして、ユーリに返す言葉がないことに気付いて黙り込んだ。しかし黙らせてくれるユーリではない。
「どうなんだ。あの時はそうだとしても、じゃあ今は?」
「……ここに来て、じわじわっと感じてるものは、ある」
「なんだ?」
渋々、は重たい口を開いて答える。とても曖昧ながらも此処に来てから強く感じ始めているものを、そのまま言葉に変えることにした。
「決心。覚悟。とても悲しくて辛い、けれど、護るためにひとつに、いや、ふたつで……みたいな?」
「みたいな? って僕たちに聞かれても……」
カロルの反応は尤もだ。も、だよね、と苦笑するしかない。
「ま、考えたところでわかんないんだし、進むしかないでしょ」
それ以上目ぼしい話も無いとみたレイヴンが話を切り上げた。
……敵の姿がないかをこまめに見つつ、ユーリを先頭に一行は進んでいく。
歩きながら、ふと、ユーリはレイヴンを顧みた。
「前から気になってたんだが……」
「なによ?」
「親衛隊の連中、なんであんなにアレクセイに忠実なんだ?」
「確かに、いい加減もう目を覚ましてもよさそうなもんなのじゃ」
同意したパティ以外の面子も、その点については少なからず疑問を抱いていた。守るべき帝都を蹂躙した団長の意志に、どうしてあそこまで付き従えるのか。
「騎士団の大部分が、貴族の門弟で占められてるってのは知ってるでしょ?」
レイヴンの口調はどこか寂し気になる。対するユーリは、何か覚えがあるのか「ああ、嫌というほどな」声音に険しいものが混じっていた。
「んで騎士の中から優秀なの集めて皇帝の警護やらせた、これが本来の親衛隊」
「皇帝っていなくなって、もう何年も経つじゃない」
「リタに同意です。それに皇帝のための親衛隊が騎士団長にって……」
リタとの疑問に、レイヴンが肩を竦めて言った。
「皇帝不在の数年間で、騎士団長殿はちゃっかり私兵化しちゃったってわけ」
「あの忠犬ぶりはそれだけとは思えねえな」
「掲げた理想はそれなりに格好よかったからね。我々が帝国を導くんだぞーってね」
ユーリが納得できないのも判ったが、は、レイヴンの言う『アレクセイの理想』も何となく判るような気がした。もしかしたらアレクセイの目的は、最初は、こんなに血腥いものではなかったのではないか。何かを続けるうちに、その信念が大きな力で壊されたのだとしたら。どれも想像、仮説でしかない。
――でももし彼が強大な力に執着する理由が、かつて彼の信念を強大な力が踏みにじったためだとしたら。
覚悟が揺らぐような想像を、は静かに振り切った。
聞き手に回っていたフレンが、レイヴンに続いて口を開く。
「みんな彼に惹き付けられて、本気で信じていたんだ。今でも信じているんだろう。僕には彼らを責めることはできない」
「でもフレンみたいに他の人だって……」
カロルが呟くもレイヴンは、「そう上手くはいかないさね」首を振る。
「みんながみんな、自分で気づけたら、世の中もうちっとマシになるんだろうけどねえ」
いつもなら話に加わっていそうなエステルが、黙り込んでレイヴンたちの会話を聞いていた。まだ具合が良くないのかとはひっそり不安になって顔色を確かめる。血色は良い。状況が状況なだけに緊張しているようだが。
「エステル、調子悪かったらすぐ言ってね」
「は、はい。ありがとうございます」
それでも一応釘を刺すつもりで、はエステルへと声をかける。ぼうっとしていたのかエステルは慌てて頭を下げた。
驚かせたかと内心後悔すると、話がひと段落した仲間たちは、再びザウデ不落宮を慎重に進み始める。全く戦闘を行わずに進むことは出来なかった。あちらこちらに親衛隊の姿があり、伝令含めて素早く倒して対処するほかなかった。戦いになるであろうアレクセイとの接触まで出来る限り体力は温存しなくてはならない。
焦ることなく慎重に進む。特にエステルが術技を行使しなくて済むように配慮しながら。
更に歩を進めていくと、開けた空間に出た。円状の大広間の床には何かの紋章、周囲には魔核と似た色の結晶の柱が等間隔で並び、壁は不可視となっている。青く澄んだ海の色がそのまま視界へ飛び込んでくる仕組みになっていた。状況が状況でなければ、思わず見入ってしまう美しさである。足音も、僅かな声すらも澄んだ空間に反響していく。
「きれい……」エステルも少し表情を和らげ、広間の美しさに目を見張っていた。
「ほんと、武器の中とは思えないよね」
「カロル、待って」
言いながら歩き続けるカロルを、ジュディスが制した。きょとんとしたカロルが足を止めると同時に、ラピードが唸り声を上げ始める。
ユーリは剣呑な眼差しで、広間の奥へ呼びかけた。
「出て来いよ。かくれんぼって歳でもねえだろ」
すると、何処からか拍手が響いてきた。たちがそっと身構え、拍手の主が姿を現す。
「ブラボー、ブラボー。研ぎ澄まされた勘と野生の嗅覚、実にエクセレント!」
特徴的な言い回しと振る舞い。忘れるはずがない。
待ち受けていたのは、今まで幾度となくユーリたちを翻弄してきた〈海凶の爪〉のボス、イエガーだった。
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