イエガー。一行の旅に少なからず影響を与えてきた男。その真意は、今回の戦いでもやはり推し量ることは叶いそうになかった。
 いつも共に行動している少女ふたりの姿はおろか、他の部下もいない。
 それでも、単騎ながら彼がこちらへ向ける殺意は本物であった。今までとは何かが違う。それを皆、なんとなしに察してはいたが、それを問いただす間などあるはずもない。

「所詮、あんたらとは相容れない関係ってことなのかね」
「どうして? ヘラクレスでは助けてくれたのに」
「悲しいですが、エターニティ、フレンドなんてムリでーす」

 銃と鎌、自在に変形する武器を操りながら、イエガーは、レイヴンとカロルの言葉に答える。銃撃を掻い潜りながら、時に刃と変わるイエガーの連撃をしのぎながら、ユーリたちは次々と攻撃を打ち込んでいく。

「ギルドとギルド、ちゃんとつながれば世界の人々はもっと幸せになれます!」
「どんな事情にしろ、一緒にアレクセイを倒せばいいんじゃないかしら?」
「うちらの邪魔をするのは、ナンセンスなのじゃ」
「それこそファンタジーってもんですヨ」

 エステルの訴え、ジュディスの提案、パティの忠告。
 それらもイエガーは一笑に付す。援軍が来る様子もない。だからと言ってイエガーが諦めて武器を手放す気配もない。
 は唇を噛み締めながら、イエガーの振り下ろした鎌を己の鎌で受け止める。流石、暗殺ギルドの長。その一撃の重みが違う。後方支援にあたるエステルたちの為にも、これ以上彼女たちをイエガーの射線に入れるわけにはいかない。必死に武器を押し返す。

「あなたは、本当に一人で私たちを止める気なんですね……!」
「戦うしかないということか」

 フレンも気にかかっていることがあるのか、その声は沈んでいる。だが剣さばきは常に冴えわたり、的確にイエガーの攻撃を弾いていた。ユーリもまた同じだ。

「……そうだな、決着はつける」
「これが宿命ってわけね、しゃーねーか」
「我がアタックのシンフォニー、聴きなさーい!!」

 この絶対的に不利な状況にありながらも、癖なのかもしれない、イエガーは笑みを絶やすことが無かった。
 数の差が力の差に直結しつつあるこの戦いに陰りが差したのは、ユーリらがイエガーを追い込んだ手ごたえを感じたその時だった。
 のけぞったイエガーが体勢を立て直し、額に汗を滲ませながら口元を歪める。

「なかなかやりますね。かくなる上は、ミーのトゥルーパワー! 受けてみよ!」

 叫びと共にイエガーの胸から、赤く強烈な光が放出された。光のもとは、イエガーの心臓に当たる場所……そこへ埋め込まれた、魔導器だった。
 ――レイヴンさんと同じ、魔導器!?
 は動揺した。まさかレイヴンと同じ心臓の魔導器を持つ人間がいたとは。そう幾つも量産できるような代物ではないはず。
 他の仲間たちも少なからずイエガーの魔導器に驚いていた。

「まさか……俺様とおんなじとはな」
「くっ……何よ、そんな魔導器の使い方……どいつもこいつも……」
「ちっ、しょうもねぇ……が、同情はしねぇ!」

 は動揺のあまり、攻撃の踏み込みすら危うくなる。あまりに強烈な光、過剰に魔導器を稼働させることによる心身への負担。今まで散々義眼へ無茶を強いてきた彼女には、その恐ろしさが手に取るようにわかった。
 ――あれは……死んでもおかしくない光り方だ。
 勝手にイエガーに死なれては困る。カロルとレイヴンを見て、は思った。ドンのこと、ギルドのこと。それらのけじめはまだついていない。この、どこか投げやりな、急すぎる戦いに任せていい問題ではない。

「これをルックした人は、ディープなアビスへ、プリーズよ!」
「やなこった!」
「あなたこそ、地獄の底が見えてるんじゃない?」
「さっさと負けて、リバースなさい、でなければここでデッドよ」

 ジュディスの挑発に、イエガーもまた飄々とした挑発を返して応じる。
 それを聞いていたレイヴンは小さく笑った。笑いながらもその目は真剣にドンの仇を追っている。

「お互い一度死んだ身の上、死ぬのなんて怖くないっしょ?」
「死ぬ気でやれば、どんな敵にも勝てるのじゃ!」
「ボクは勝つよ、守るって決めたんだ、みんなを!」
「地獄を見るのはそっちだぜ」
「ユーたちとのバトル、我が心のレジェンドとなるでしょう!」

 早くイエガーを倒し、その光の放出を止めなくては。彼が死んでしまう前に。
 その為にも気を取り直し、武器を掲げ、戦い続けた――……。
 ……――圧倒的にユーリらが有利だった。だが力を解放し捨て身で戦うイエガーは手強かった。
 それでも、何とかユーリの渾身の一撃が決まり、イエガーの体は遂に力尽きて後方へと倒れていく。

「ナ……ナイスファイト……」

 倒れたまま、イエガーはユーリたちの戦いへ敬意を表した。
 既に腕すら動かせそうにない様子のイエガーに、レイヴンはゆっくりと近づいて行った。その手に握られた小刀が光る。

「柄じゃねえんだけど、ドンの仇取らせてもらうわ」
「油断しちゃダメ。まだなんか隠してるかもしれないわ」
「ノンノン。もう何もありません。最後……そう、最後です」

 リタの警戒に答え、こんな状況でもイエガーは笑っていた。胸の輝きは少しずつ弱くなっている。はその様子を見つめながら、彼がそう永くはないことを悟った。

「その胸……あなたもアレクセイに?」
「さあ……どうでしょう、ネヴァマインド」
「どうして? なぜひとりで戦ったんです? 仲間も、何の用意もなしに……」

 ジュディスとエステルの問いに、イエガーは明確に答えようとはしなかった。その間も輝きは徐々に弱まり、イエガー当人もまた、間近に迫った自身の最期を悟りつつあった。
 こちらの疑問に答えることなく、彼は、ようやく――あの爬虫類のような笑みではない、ごく自然な笑みを浮かべてみせた。何かから解放されるような、そんな清々しさを感じさせるような小さな微笑み。
 イエガーが、ゆっくりと瞳を閉じた。

「……グッバイ」
「待て、アレクセイは何処にいる!? 奴は何をしようとしている!」

 フレンが問うも、既にイエガーは事切れていた。魔導器の光は失われ、そこにあるのは魂の抜けた肉体のみであることを伝える。
 レイヴンが掲げた小刀は、それを使うべき相手を失ってしまった。

「……なんでえ」
「〈海凶の爪〉……哀れな末路じゃ……」

 パティの言葉にカロルも俯く。その時、背後から視線を感じたカロルがはっとして振り返る。

「あ……」

 そこにいたのはゴーシュとドロワット。常にイエガーの傍らを離れずにいた二人の少女であった。
 拳を握り締め、震えるふたりの瞳から輝く雫が落ちていく。しばらくイエガーの亡骸を見つめていた二人は、振り切るように踵を返し、走り去る。
 フレンも、その涙に気が付いていた。「ふたりとも、泣いてた……」小さく呟く。
 は彼女たちの涙を見て、ますます判らなくなった。イエガーが一人決死の戦いを挑んだのは何故か。失えば泣くほど大切な人の戦いへ二人が加わらなかったのは何故か。

「何よ……なんだっていうのよ」
「ひどい人……だったけど。この人ももしかしたら……」

 リタとエステルも、動揺しているように見えた。
 も同じだ。自分たちにとってイエガーは敵だった。しかしあのふたりにとっては違う。
 ――そんなこと考えだしたら、キリが無いけれど……。
 何も言わずにゴーシュとドロワットが去っていった方を見つめながら、は、胸の中に鉛を携えたようなこの思いの整理を必死につけようとしていた。
 いつまでも感傷に浸っている時間もまた無かった。ユーリを先頭に、再び一行は進んでいく。早くアレクセイを探し出し、彼の野望を止め、此方のけじめをつけなくてはならないのだ。
 その道中、「ん……?」巨大な扉の真横にある石像へパティが近づいて行った。

「何かあったのか?」
「聞いてたのと同じ……それじゃ、これが……?」

 大好きなユーリの声すら届いていないかのように、パティは何かへ釘付けになっている。たちも同じ場所を見ると、像の台座部分に他の意匠とは違う不思議な宝石がはめ込まれているのが判った。

「あら? 何かしら、それは」

 ジュディスも問うと、ようやく仲間の呼びかけに気付いたらしいパティが頷きながら答える。

「これは……“麗しの星”なのじゃ」
「パティが探していたっていう宝物です?」
「……のじゃ」

 エステルにもまた頷いて答えるパティ。
 台座からそっと“麗しの星”を取り出すパティを見守りながら、レイヴンは瞬きする。

「ふええ……マジかよ。まさか、こんなところでそんなもんが見つかるとはね」

 大切に探し求めていた宝石を抱き締めるようにして、パティは目を伏せる。

「……ずっと探してたのじゃ……ようやく見つけた……」

 だがそう永く感慨にふける間もない。今度はリタがパティに問う。

「で? それからどうすんの? そいつを手掛かりにじいさん探すんじゃなかったっけ?」
「……じゃな……。でも、今はまだその時ではないのじゃ」
「あれ……? でも“麗しの星”ってアイフリードが隠したんじゃ……」

 カロルが疑問をあげるも、パティが答える暇はなかった。「今はお宝なんかに感動してる場合じゃねぇって」先を急ぐべきだというユーリの真っ当な意見があったからだ。

「うむ! さっさと腹黒アレクセイをボコボコにしに行くのじゃ」

 大切に探し求めていた“麗しの星”をしまうと、パティはユーリにすぐさま続いた。
 一連の流れを眺めていたはというと、自分の記憶にも何か影響が無いかひっそりと確かめていた。以前パティが“麗しの星”について口にしたときに、何か知っているかのような反応を返してしまったことがある。その理由を求め、また、もしかしたらパティの力になることが思い出せないかと期待して。
 ……が、特に目ぼしいことに思い当たらなかった。幼い頃、母から聞いただけだ。何か忘れている気もするが、今はその記憶をのんびりと掘り起こしている余裕も時間も無い。
 進めば進むほど親衛隊の数が多くなり、その先にアレクセイがいることは明白になりつつあった。奥へ、更に奥へ。親衛隊の妨害を越えて、ユーリらは進む。
 何度目か判らない親衛隊の妨害を跳ねのけたとき、

「隊長、無事ですか!」

 背後から誰かが駆け寄ってくるのが判った。聞き覚えのある声はフレンの部下ソディアのもので、しかし足音はふたつ。もう一人はウィチルであった。

「ソディア、ウィチル! ザウデの攻撃は大丈夫だったのか」
「船は離れた位置に泊めました。我々は先発隊です。後続は少数に分かれて上陸を進めています」

 フレンへ淀みない報告を済ませたかと思いきや、ソディアはユーリらへと向き直る。その眼差しは剣呑だ。

「ここからは我々の務めだ。お前たちは下がっていろ」
「相変わらずだな。悪いがそりゃ聞けねえ」

 ユーリが肩を竦めながら答えると、更に目つきを鋭くして彼女は剣に手をかけた。このまま抜こうものなら払い落とせるようにとは身構えたが、ソディアの行動をフレンが目で制してくれたのでそうならずには済んだ。
 ソディアの剣幕に、呆れたリタが嘆息する。

「ここは協力した方がいいに決まってると思うんだけど」
「そうじゃ、アレクセイやっつけに来たのは、みんな同じなのじゃ」

 パティもリタに賛同する。次いで「だよね、利害は一致してるわけだし」も同意し――ソディアが剣から手を放してはいないので彼女もまた短刀に手を添えたままだ――、三人の意見を受けたうえで、改めてフレンはソディアを諭す。

「彼女たちの言うとおりだ。我々のすべきことはアレクセイの打倒だ」
「それと世界を救うこと、だ」
「ああ」

 旧友が言い添えると、フレンはそれにも深く頷いた。
 ……ようやっとソディアは剣から手を放し、渋々ながらも共同戦線への同意を無言で示した。もまた、短刀から手を放す。

「よし、それじゃ仲良く殴り込むとすっか」

 ユーリの言葉に、誰からともなく頷く。
 しかしソディアの眼差しは、静かにユーリの背を睨みつけたまま変わってはくれなかった。あからさまな敵意。深く鋭く、冷たく増していくそれ。
 どうしてあんなにもユーリを恨むのだろう――。は、彼女の纏う負の感情が一心にユーリに注がれているさまに、強い不安を抱いていた。
 その眼差しをユーリは受け流し、通路の奥へと進んでいく。すっかり慣れてしまっているようだ。
 それはそれで問題な気もするが、今はそれどころではない。一刻も早くアレクセイを止めなくてはならない。

「エステルに預けた欠片も……うん、この感覚なら異常なし、良かった……」

 は改めて気持ちを切り替え、歩き出した。
 通路の先、扉をくぐるとまた開けた空間があった。だが緊迫し、張り詰めた空気が今までとは全く別のものが待ち構えていることを伝える。肌で感じ、その次に目で捉えたのは……親衛隊に守られながら立つ、アレクセイの姿だった。

「揃い踏みだな。はるばるこんな海の底へようこそ」
「そこまでです、アレクセイ。これ以上罪を重ねないで」

 アレクセイを止めたいという想いが伝わるエステルの訴え。出来ることならば戦わずに済んでほしい、そんな願いがひしひしと感じられる。エステルはどんな人間にも――自分を苦しめた相手だろうと、許してしまう人間だからだ。
 だが、それが通用すれば、自分たちはここまで来なくて済んだ。当然アレクセイには響かない。

「これはエステリーゼ姫ご機嫌麗しゅう。その分ではイエガーは役に立たなかったようだな」
「……死んだよ」
「最後くらいはと思ったが、とんだ見込み違いだったか」

 ユーリの返しにもあっさりとそう吐き、改めてイエガーを道具としてしか認識していなかったらしいことをアレクセイは見せた。こんなにぞっとするほど冷酷な人間にザウデを、この場所を好き勝手にさせてはいけないとは唇を噛み締める。

「命を、何だと思ってるんですか、あなたは……」
「そうやって他人の運命を弄んで楽しいのかしら?」

 ジュディスの声も険しくなっていた。
 冷酷、冷淡、そして野望に忠実なアレクセイの真の顔にいまだ衝撃を受けているフレンが、一歩踏み出す。
 知らず知らずのうちにとはいえアレクセイに協力していたことに罪悪感を抱えている彼が、かつて憧れた騎士に問いたいことは山ほどあった。その中から彼は必死に言葉を選び出す。

「アレクセイ! かつてのあなたの理想は……なにがあなたを変えたんです!?」
「何も変わってなどいない。やり方を変えただけだ。腐敗し閉塞しきった帝国を、いや世界を再生させるには、絶対的な力が必要なのだ」

 アレクセイの答えは決まっていたかのように、とても饒舌であった。
「やっぱり……力……」は以前巡らせた仮説が、大体正しいのではないかという確信を得た。絶対的な力への固執。帝国を蔑む言葉。きっとには計り知れない何かが、アレクセイを襲ったのだ。
 現にも、旅の中で腐敗した帝国の一部を見た。私利私欲のために民から金品を巻き上げ、攫った人を待物の餌とする執政官がいた。アレクセイの指す腐敗とはそれらのことだろう。
 だが、だからといって、アレクセイのやり方が正しいとは全く思えなかった。
 フレンもまた納得できず、食い下がる。

「そのためにどれだけの犠牲を出すつもりです」
「今の帝国では手段を選んでいる限り、決して真の改革がその実現を見ることは無い。おまえなら判るはずだ」

 黙りこんでしまうフレンを、レイヴンが諭す。「ちょっとちょっと、やつの言葉に呑まれてどうすんのよ」はっとしたようにフレンは顔を上げて、今一度、戦意をその内に宿した。
 耐え切れなくなったように、パティが叫ぶ。

「世迷言……全部世迷言なのじゃ! こいつの言うことは、なにもかも嘘っぱちじゃ!!」
「どうしてこんな、笑顔を奪うようなやり方しかできなかったんです? あなたほどの人なら、もっと他に方法が……」

 エステルが尚も問いかけ、アレクセイはそれに律儀に答えた。

「理想の為には敢えて罪人の烙印を背負わねばならぬ時もある。ならば私は喜んでそれを受けよう。私は世界の解放を約束する! 始祖の隷長から、エアルから、ちっぽけな箱庭の帝国から! 世界は生まれ変わるのだ!!」

 ――何が、世界の解放だ。
 も耐えかねた。遠い過去、彼女の家族を奪ったものを目前にして、遂に弾けた。

「その世界の人の気持ちを踏みにじってザウデに触れても、そんなこと出来やしない!!」
「世の為だろうがなんだろうが、それで誰かを泣かせてりゃ世話ねえぜ。てめえを倒す理由はこれで十分だ!」

 が叫び、剣を抜いたユーリが怒り露にアレクセイへ切っ先を向ける。

「もう……引き返す気はないのですね」
「くどいな。悪いがこれで失礼する。なにぶん忙しいものでな」

 確かめるようなフレンの言葉をそう切り捨て、アレクセイは此方に背を向けた。途端、アレクセイのいる場所が、床が浮上し始める。巨大な昇降機となっているらしかった。
「あ、逃げる!」「逃がさん!」カロル、次いでパティが叫ぶ。
 勿論その中で一番早く反応したのは――ユーリ。

「みんな、飛べ!」

 彼の行動と声を合図に、も、皆も、浮かび上がる床へと飛び移った。

prev Top next