ようやくウォクスの屋敷へ着いた。
主人が帰ってきた、と慌ただしく使用人たちが出迎えに来る。小さな子供たちは怯えながらも、既に心を許したウォクスに諭され、使用人たちと共に屋敷へ入っていく。
「さあ、アレクセイ殿とシュヴァーン殿もどうぞ」
既に傾いた陽を見ながら、ウォクスは二人の騎士を促した。
この離れ小島においても、周囲にはやはり魔物が徘徊している。ウォクスの屋敷は、結界魔導器で守られていた。小型ながらも屋敷を包むには十分な出力である。彼がこの小島に居を構えた際、アレクセイが手配したものだ。
風変わりな屋敷の主人が客間へアレクセイたちを通すと、タイミングを図っていたかのように女中が紅茶を持ってやって来た。
「子供たちは?」
「旦那様のご指示通りに」
「そうか、ありがとう」
短い会話を終え、女中はさっと奥へ戻っていく。ウォクスは満足げに頷くと、アレクセイたちに向き直った。
「この度は本当に助かりましたよ。私ひとりではあの子たちを連れてくるなんて無茶できませんでしたからね」
「君の研究がより一層素晴らしいものになるなら、私は幾らでも尽力しよう」
「なんと心強い! 持つべきものはやはり友だ!」
ウォクスは心底嬉しそうであった。アレクセイの言葉に破顔すると、今度はシュヴァーンへ視線を移す。
「そうだ、シュヴァーン殿。貴方はの力に触れていましたよね? 詳しい話を聞きたいのですが」
話の切り替えの早さに呆れつつも、シュヴァーンは、ウォクスにとの接触が知られていたことに驚いた。子供らを寝かしつけてそのまま寝ていたとばかり思っていたが、それほど暢気な男ではなかったらしい。
「私が見ていた限りでは、あの子は貴方の心臓の負荷を無くしていたような……そう、魔導器に溜まったエアルを取り除いていたような気がします」
「……恐らくその通りかと」
シュヴァーンが頷くと、ウォクスは目を輝かせた。
「やはりだ! 道すがら診察した時に気付いたのですが、の身体には、特殊な術式が潜在しているんです」
「術式が潜在……?」
「ええ。話に聞いた通りならば、彼女の血筋によるものかと。その術式こそが〈人ならざる力〉であり、また、あの子の身体を弱らせている原因でもあります。どうやらの力は殊更強いもののようですね」
ウォクスの楽しそうな語り口はまだまだ続く。それにアレクセイも加わった。
「あの子供はエアルに直接干渉するのか? まるで〈満月の子〉ではないか」
「あの子の術式とシュヴァーン殿に使った力は〈満月の子〉とは違いますね。あれとは毛色が違う。どちらかと言えば私は、始祖の隷長に近い能力だと思います。以前もちょっとばかし話しましたっけ? ああ、話してましたね。子供たちを迎えに行くときに。まぁ、もう少し調べて裏付けを取らなきゃ確定出来ませんが。何よりあの子は、自分が特殊な力を使ったという自覚も無いらしい。シュヴァーン殿の事情も知らないんですからね」
紅茶を飲み干したウォクスは、それを一区切りとしたようだった。
始祖の隷長とやらに近しい力。自覚なしにそれを振るうが故に、脆い体。
ウォクスの靄ついた話は、シュヴァーンの胸に蟠りを作った。
――とりあえず、この心臓のことをあの子供は知らないらしい。
それだけは幸いだった。
◆◆◆
翌日。天気はまさしく快晴であった。
帝都へ戻るアレクセイはともかく、トルビキア大陸――そこにあるギルドの都市・ダングレスト――へ向かわなければならないシュヴァーンの旅路はそれなりだ。しかし彼は、早くあの黄昏の街に行きたくて仕方なかった。
どうしようもなくこの屋敷は、居心地が悪い。ウォクスに対する苦手意識が彼をそうさせていた。
「もう行かれるので?」
「すまないなウォクス。詳しい話は、また聞きに来る」
「そうですか……」
アレクセイの言葉に、ウォクスは残念そうに溢す。
彼の側には、たちが寄り添うように立っていた。自分たちを助けてくれた騎士たちの出発を、わざわざ見送りに来たらしい。
「本当にありがとうございました、騎士さま」
「礼には及ばない。民を救うのは騎士の務めだからな。ここで兄弟と幸せに暮らせるよう祈っているよ」
歩み寄り頭を下げた少女の目線に合わせて屈み、アレクセイは笑った。も笑い返し、くすぐったそうに頭を撫でられている。アレクセイの手のひらが頭から離れると、はシュヴァーンに向き直り、「ありがとうございました」とまた頭を下げた。
屈託のない少女の笑みに、ふとあの夜のことを思い出す。自分を案じ、癒してくれた夜のことを。
シュヴァーンは無意識のうちに口を開いていた。
「……こちらこそ、あの時はありがとう」
は一瞬目を丸めた。しかし、すぐに何のことか思い当たったらしい。無愛想なシュヴァーンを見上げ、一際嬉しそうな笑みを満面に咲かせてみせた。
シュヴァーンの胸に暖かいものが灯ったが、僅かなそれは、潮風に紛れて飛んで行ってしまう。
「では、また」
笑うウォクスの声が、そうさせた。
ウォクスはあの子供たちを引き取ってどうするつもりなのか、シュヴァーンは何も知らされていない。尋ねれば答えは有ったかもしれないが、そんな気は彼に無かった。――少し前までは。
子供たちとウォクスに見送られ、騎士は帰路に着いた。
その道中、シュヴァーンはそれとなくアレクセイに尋ねてみた。ウォクスが一体、何をしようとしているのかを。しかしアレクセイは、はっきりとした説明をしようとはしなかった。
「案ずるなシュヴァーン。彼は間違いなく、私の同志だ」
しかしシュヴァーンは、それで納得することにした。
――計画の部品でしかない自分が知ったところで、どうする?
風に舞い上がる砂漠の砂のような、渇きがあった。もしくは、軋みながら尚動く歯車。その感情は、今の彼によく馴染んだもの。
諦めだった。
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