ウォクスの元に子供たちが引き取られてから、四度、季節が巡った。
 は、14歳になっていた。
 彼女は料理に興味を持ち、ここ数年じっくりその腕前を磨くべく毎日キッチンに向かっていた。最初はもちろん失敗だらけだった。ケーキのスポンジを焼けばへこむ。シュー生地を焼けばへこむ。作ったカスタードクリームは何故か苦いし、メレンゲと生クリームの区別さえつかなかったものだ。
 しくじった菓子をできうる限りは消費しつつ――とても食べられたものではない出来のものもよくあった――、試行錯誤を繰り返したの腕は、彼女が思っている以上に達者なものに育っていた。
 完成を待ちかねるアルトとリィーナの姿が、それを物語っている。

「おねーちゃーん」
「ケーキ、ケーキー」
「はいはい、もうちょっとだからね」

 迫る弟妹を宥めながら、彼女は真っ白な生クリームをスポンジに塗っていく。アルトとリィーナは期待に目を輝かせながら、その作業を覗き込んだ。
 そんなとき、キッチンへ入ってくる男がひとり。屋敷の主人にしてたちの恩人、ウォクスであった。

「相変わらず賑やかだねぇ。元気なのは良いことだ」
「旦那さま!」

 ぱあっと顔を輝かせ、はウォクスを見た。
 顎に手を当て、ふんふんと頷きながら彼はたちに歩み寄る。

「今日はショートケーキかぁ。良いね、オーソドックスな白と赤のコントラスト! 美しいよね」
「だんなさま、意味わかんない」
「つまり私はショートケーキが大好きということさ、リィーナ」

 ウォクスが笑ってリィーナの頭を撫でる。

「さ、リィーナ、アルト。のケーキも直に完成するだろう。私と一緒にお茶の用意だ」

 慕うウォクスの言葉に、ふたりは今日の晴天に負けぬほどの笑顔で頷いた。
 たちは、ウォクスとその使用人たちから教育を受けて生活していた。引き取られて以来、屋敷を出ることはないに等しい日々。しかし子供たちに不満は無かった。
 結界の外に出ることが、どれだけの危険を伴うのか。その危険を前にした自分たちは、どれほど無力なのか。教えられずとも彼女たちは身をもって経験しているのだから。

「アルト、リィーナ。このお茶が終わったらスフィナのところに行くんだよ?」

 ウォクスの言葉に、ふたりはあからさまに顔を歪めた。
 スフィナとはウォクスの側近とも呼べる使用人だ。40を過ぎた女性で、ウォクスに次いでたちの世話を焼く人間であり、アルトとリィーナの教育係であった。
 アルトとリィーナはまだ遊びたい盛りだ。勉強だ何だと言われると庭に逃げていくこともある。それをはよくたしなめていた。

「ケーキ食べたらお勉強頑張るんだよ、ふたりとも。スフィナさんがせっかく時間を割いてくれてるんだから」
「お姉ちゃんもいっしょならがんばるー」

 クリームを頬につけたままケーキを頬張るアルトが、幼子らしい調子でに返す。困ったようには笑った。ナプキンを手に、弟の頬からクリームを拭ってやる。

「私はアルトたちより先に進んだお勉強をしてるから一緒にやれないの。何回も言ったでしょ」
「だって、お姉ちゃんー……」
「お勉強終わったら遊べるから。頭は使ってなんぼって旦那さまが話してたでしょ。せっかくなんだから使いましょ」

 姉の朗らかな笑顔に弟は諦めたように押し黙る。そんなアルトの背中を、リィーナは能天気に叩いて励ましていた。アルトほど勉強が嫌いではないらしい。
 ウォクスはその光景をひたすら見守っていた。


◆◆◆


 の教育は、ウォクス自ら受け持っていた。
 一般教養よりも彼が熱を注いだのは、魔導器や魔術に関する知識。全てがの力を磨くべくして練られたものだった。
 この教育の際に、ウォクスはに彼女の体質についても説明した。エアルを溜め込んでしまうこと、そのエアルを昇華する歌の魔術のことなど。本来ならば彼女が親から伝え聞いたであろう事情を、ウォクスは己の知識を交え、なるべく都合良くに教えた。
 そして疑うことを知らぬこの少女は、信頼する“旦那さま”の言葉をしっかりと己の力にしていった。

「どうやったら私、エアルを溜め込まないで済むんでしょう」
「君の体に宿る術式を何とかしなくてはね。すまないね。私もまだ研究中なんだ」
「術式……。私の体なのに、私じゃどうにも出来ないなんて悔しいです……」
「大丈夫、兆しは見えているんだ。必ず君の体を治してみせるさ」

 落ち込むを、ウォクスは優しく励ました。
 彼女の体内術式は、不安定であった。故に彼女の意思を無視して発動を続けている。まるで、それが彼女の使命であるかのように。
 彼女の能力を安定させ、弱った体を補う“核”が必要だ。
 考えたウォクスは、かつて自分が作り出した魔導器や資料を改めて見返し、日々研鑽を重ねていった。
 に知識を与える傍ら、彼もまた知識を欲し、深めた。
 そして遂に彼は、最大の咎へと足を踏み入れることになる。

「理論上は可能だ。けれどその実現には……確証を得るための実験が必要だ」

 ウォクスは帝都にある友・アレクセイへ手紙を書いた。
 その内容は、かつてのアレクセイであれば見るなり焼き捨て、ウォクスを罰しようとしたであろうもの。しかし歪み始めていたアレクセイは、ウォクスの願いを恐ろしくすんなりと聞き入れた。

“魔核に代わる新たな力の研究のため、現魔導器を超える新たな魔導器の研究のため、我が友アレクセイ殿にお願いしたいことがございます”

 ウォクスがアレクセイに求めたのは――。

“研究のため、若い検体が必要になりました”

 実験台にするための、子供だった。

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