シュヴァーンには、レイヴンというもう1つの顔があった。
 ひょんなこと――と言うには、肋骨やら何やら折った痛ましい事件だったが――から、ダングレストに在るギルド〈天を射る矢〉のドン・ホワイトホースに、この名前と共にギルドへの居場所を与えられたのである。
 レイヴンがアレクセイの命でドンに近付いたことを知った上で、だ。
 彼はレイヴンとしてダングレストに滞在する間、アレクセイへの情報を集めながらも――それすらドンは許容していた――、ギルドの幹部として、気ままなドンから与えられる仕事に従事していた。
 レイヴンで在ることに、彼自身気付かぬところで刺激されていた。そんな二重生活も板についた頃だった。

「銀雪の狼〈ラヴィーネ・ウォルフ〉――? 聞いたことないわねぇ」
「昔あったギルドだ」

 首を傾げるレイヴンに、ドンは一枚の紙を突き付ける。レイヴンは紙を受け取り、素早く目を通す。それを見ながらドンは口を開いた。

「なかなか威勢の良い奴らばっかりだったんだがよ、カルボクラムの街ごと潰れてそれっきりだ」
「あぁ。どっかのギルドがあそこを拠点にしてたとは聞いてたけど、これだったのね」
「頭やってんのが血気盛んな娘でな、“腕試ししてくれ”って俺とやり合ってアバラ砕けても笑ってたぜ」
「とんでもないお嬢さんがいたもんだこと……」

 紙には、銀雪の狼に関する概要が載っていた。
 狩猟ギルドで、カルボクラム周辺の魔物などを狩りながら暮らしていたこと。以前は別の地に拠点があったが、10数年前にカルボクラムへ移ったこと。他は構成やギルドマーク、基本的な情報ばかりであった。
 しかし、とある一文がレイヴンの目を止めた。

 “代々このギルドの首領は、人ならざる力を持った一族が務めることになっている”

 人ならざる力。
 あどけなく笑う夜明け色の髪の少女が、レイヴンの頭を過った。
 まさか。
 気が付くとレイヴンは無意識のうちに胸元を押さえていた。別に痛むわけでもないというのに。
 レイヴンは気を取り直すと、ドンに紙を返しながら言った。

「で、このギルドがどーしたのよ?」

 出来ればこのまま話を終わらせたかった。レイヴンが尋ねると、ドンはそんな彼の期待を裏切って答えた。

「そのギルドの首領には子供がいてな、母親に顔つきだけはよく似てたんだ」

 子供。
 レイヴンは己の推測が大方当たっていることを悟った。「カルボクラムごとご臨終しちゃったんでないの?」流れから不自然ではない言葉を選び、答える。
 幸いにも、ドンにレイヴンの心境は悟られなかったようだった。

「だろうよ。今も生きてりゃハリーと同じぐれぇになってたろうな……」
「だーかーら、そんな話をわざわざどうしてしたわけよ? 意味もなくこんな昔話するように思えないんだけど」
「俺もたまには意味もなく話してえ時があんだよ」

 珍しくドンは静かにそう溢し、話を区切ってしまった。
 妙な蟠りを胸に、レイヴンは部屋を後にした。
 一人きりになった部屋で、ドンは机の上に目を落とす。
 銀雪の狼。そのギルドの詳細とは別に、もう一枚の紙がある。急いた走り書きの手紙だった。かつてドンに挑んだ、銀雪の狼の首領が送ってきたものであった。時期はちょうど、あの街が滅びる直前。

『驚異が迫っている、と我らの“守り神”が話しておられます。同じ地であるその街にも驚異が及ばぬとは言い切れません。どうか警戒と備えを――』

 人魔戦争の折、世界中の魔物の凶暴化や、結界魔導器の異常などが見られた。手紙はそれを示唆したものらしかった。
 懐かしい、とうに処分したかと思っていたものだった。それが最近、何故か今になって急に見つかった。
 単なる偶然か、あるいは――予兆か。

「ったく、妙に落ち着かねえもんだ」

 ドンは紙を纏めて机の脇に寄せた。煌めく雪と狼を象ったギルドマークが僅に覗く。かつて銀雪の狼は、雪の降る地に在ったらしい。
 そこにはノードポリカのベリウスのような、稀な力を持つ“存在”がいたのだと。
 今はなきギルド、なき街。
 無きものに思いを馳せても仕方がない。
 ドンはそれきり、考えるのを止めた――。

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