は何度も魔物と戦った。
 魔物には種類があった。猪のようなものもいれば、鳥のようなもの。爬虫類じみたもの、どんな生き物にも似ていないもの。どれもが十数歳の少女が相対するには恐ろしいものだった。
 しかしはもう、只の少女ではなかった。
 猪の角に腹を突き上げられても、鳥の鉤爪が腕に食い込んでも、ただ痛め付けられることは無くなった。痛みにのたうつのではなく、痛みを堪えて鎌を振るった。死ぬわけにはいかなかった。が受けた痛みとは比較にもならない衝撃を魔物たちは味わった。両断した魔物の血と自分の血が混ざりあって、一体どちらのものか判らなくなった。
 一番焦ったのは、大きな蟹に似た魔物と戦わされた時だった。刃物と化したハサミだけで、普段彼女が相対する魔物より大きかった。挟まれ、骨まで刃が及んだときには死を覚悟した。魔導器の力を放出して魔物をエアルに還していなければ、本当には死んでいただろう。
 ゼロから始まった戦闘実験も、ひと月を過ぎた辺りから手慣れていった。大概の魔物の攻撃を食らっても怯むことはなく、大鎌を振り、仕留めていった。ウォクスの見立て通り、この三日月はに最も適した武器だったらしい。
 連夜行われる戦いに、は幾度となく傷付いた。しかしウォクスの最低限の治癒術を受けた後、故意にエアルを充満させた地下室に放り込まれれば、の傷はすっかり癒えてしまう。右目の魔導器がそうさせた。の身体機能をあらゆる面からサポートし、強化しているのである。
 そんな強力な力を有していながら、顔に刻まれた十字の痣は消える様子がなかった。
 魔導器を行使するたびにに宿る術式は変化し、より強く結びつかんと進化した。無理矢理与えられたはずの魔導器を、体は容認しているようだった。
 それがおぞましい。
 は胸中でのみ感情を溢した。口にしては増してしまいそうな負の感情は、なるべく留め、形になる前に飲み込んだ。
 昼間はあどけない弟妹たちの姉として振る舞い、夜はウォクスの実験に従う日々。あまりに食い違った二重生活を、は健気にこなしていた。

「――痛っ!」
「お姉ちゃん!」
「大丈夫? お姉ちゃんっ!」

 唐突に走った痛みに、思わずは左腕を押さえた。姉の菓子作りを見守っていたアルトが慌てて叫ぶ。姉の取り落とした木べらを、リィーナは素早く拾い上げて差し出した。

「ありがとう、大丈夫だよ……」
「ほんとに?」
「うん。私がふたりに嘘ついたことある?」
「ないけど……」
「でしょ? だから大丈夫なの」

 笑う姉に二人は口をつぐんだ。は笑いながら作業を再開する。

(まるで私、旦那さまみたい)

 すっかり、笑顔の仮面を被るのが得意になってしまった。
 ぼんやり思いながら、左腕に視線を落とす。
 何で痛いんだっけ。昨日は珍しく戦わなかったのに。そうだ、色んな注射をしたんだ。皮膚の色が変わっちゃうくらい色んなの。気持ち悪くて何回吐いたか覚えてない。アルトとリィーナには腕を見られないようにしなきゃ。昨日は戦わない代わりにエアルのお部屋に入らなかったから、治せなかったし……。
 考えが纏まった頃には、菓子用の生地も綺麗に混ざりあっていた。不安げだったアルトとリィーナの表情も、姉の手作り菓子への期待が灯り、輝いている。

(ふたりがいて良かった)

 いなかったら、私、もうとっくに頑張れずにいた。
 は心から感謝していた。
 守りたいものがあることに。
 生き甲斐があることに。
 かけがえのない宝があることに。
 それすらウォクスの策略だとしても、彼女は構わなかった。
 “二人を守る”と誓った心と信念は、誰に与えられたものでもない、彼女の内から生まれたものなのだから。
 この子達といる時だけは、太陽も優しかった。


 実験に身を投じてから、半年が過ぎた。
 「客人が来る」とウォクスに告げられ、は真っ先に義眼魔導器のことを心配した。これはあまり人に見せていい代物ではないと思ったのだ。
 しかしウォクスは笑って言う。

「大丈夫、客人は君のそれを確認するために来るんだよ」

 その時は、自身が単に魔導器を――傷付いたこの顔を――見られたくないだけだということに気付いた。
 この期に及んで。
 の胸に、虚しくも可笑しい感情が滲む。いわゆる自嘲だった。

「客人、って……?」
「アレクセイ殿さ。も会ったことがあるだろう?」

 は目を丸めた。
 アレクセイ。私たちをカルボクラムで助けてくれた騎士様――。
 旦那さまの客人で、私の目を見に来る。
 ――じゃあ、知っているの?
 旦那さまが子供をたくさん殺したことも、私の目を抉ったことも、戦いをさせることも、薬をいっぱい打つことも、全部?

「私の研究成果をこの目で見たいと、時間を割いてお越しになるそうだ。ありがたいことだよ」
「研究成果……」
「いつも通りにしていれば大丈夫だからね」

 声も出さずには頷いた。
 騎士様たちも知っていたの?
 最初から。
 こうするつもりだったの?
 最初から――。

「判りました、旦那さま」

 今更、彼女は絶望しなかった。
 望みはとうに尽きていたのだから。
 初めから全てが自分を陥れるための事だった。それを知ったところで、何が出来ようか。
 大人しくは頷くだけだった――。

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