――ハルルの街。
 そこに一人の旅人がやって来た。
 旅人は少女であった。深々と被ったフードの下には、陰気臭く気弱な顔。年の頃は十代後半に見える。随分と着古したらしいロングコートの揺れる様は、亡霊を思わせた。

「うわー、死神みてー!」

 すれ違う子供の、純粋ゆえの言葉が胸に突き刺さる。今まで幾度となく言われてきたが慣れはしない“死神”や“お化け”という表現。しかしこの格好を変える勇気が彼女には無かった。
 フードの下の素顔――異質な右目と、それを中心に出来た十字の傷跡のせいである。
 少女は記憶喪失であった。記憶を探して旅をしていた。右目も顔の傷も、失われた記憶に何らかの関わりがあるものだろう。しかしその異常な見た目は、人との交流においてネックであった。そして少女の内向ぶりに拍車を掛けてしまっていた。記憶を取り戻す以前の問題だった。
 沈む心を誤魔化すように少女は、街の樹――結界魔導器を見上げた。
 もうすぐ満開に咲き誇るはずの蕾は悉くくすみ、萎んでいる。結界としての機能もあれでは危ういだろう。魔物の襲撃でも受けたら、ひとたまりもない。
 このままでは危ないな。
 そう判っていても、少女に出来ることはなかった。
 とりあえず旅で入り用な薬を買いに、と少女が道具屋を目指した時だった。
 地響きと共に響いた咆哮。
 それに反応した住民たちの悲鳴。
 少女は反射的に踵を返した。

 悪い予感が的中した。
 魔物たちが街を襲ってきたのだ。
 しかし悪いことだけでは無かった。
 巡礼の旅の最中である騎士たちが街にいたのだ。騎士たちは住人を庇い、魔物たちを迎撃し始めた。
 もちろん少女もその加勢に入った。
 こんな状況で黙っているわけにはいかなかった。一人旅をしているだけあり、少女はそれなりに戦いの心得もあった。
 得物である大鎌を振るい、次々に魔物を切り伏せていく。敵の数はそれなりだが、力はそれほどでもない。
 少女がほんの少し気を緩めた、その時である。
 群れを率いているらしい、一際大きな黒い魔物が現れた。
 運の悪いことに、少女のすぐそばに――。

「危ない!」

 若い騎士が叫ぶのと同時に、少女は吹き飛ばされてしまった。



 吹き飛びながらも、少女に緊張感は無かった。
 今までにもこういう事態はよくあった。
 一人旅に危険は付き物なのである。
 痛いか痛くないかと訊かれれば、かなり痛い。が、死ぬほどの痛さでもない。
 枯れたハルルの樹の枝にぶつかり、勢いが殺される。少女はその下にずり落ちていった。幸いにもそこには草が多く、少女を受け止める十分なクッションになってくれた。
 それでも尚、少女の意識を奪うだけの衝撃はあった。
 なるべく早く目が覚めますように。
 気を失う直前、少女――はそう祈った。


 失ったものは多かれど、幸か不幸か、少女には加護があった。
 少女の個は死に、しかし命は保たれた。
 幽かな亡霊と化した少女は、己の力で歩み始める。
 失われた多くを知るために。
 奥底に宿る贖罪のために。

 導たる明星との出会いまで、そう遠くは無い。

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