はチップとアンサーに、自分のことを出来る限り伝えた。
 長い時を生きてきたこと。怪我の治りの早さ。朧げな記憶たち。伝えるにもそんなことぐらいしかなくて、自分がまっさらな人間だという証拠には何もならなかった。それでも、この王国の大統領であるチップは、を歓迎してくれた。

「オマエが数百年生きてきたってのは未だに信じられねえが、身の上に関しちゃ気にするな。ここはそういう奴らにこそ寛容な場所だ」
「お頭も私も、もとはアレですからね」
「まあな」

 アレ、というのが思い出したくない過去かそれに比類する何かだと察した。自分にもあることだと、深く追求しない。

「私、国民になっていい?」
「おう、勿論だぜ」
「といってもまだ国じゃあありませんが……」

 言葉を濁すアンサーに、は満面の笑みで言う。

「細かいことは良いよ! 大統領がいて民がいるなら、もう立派な国だよ!」

 王様がいて、王様を慕う民がいる。それだけで国は十分だろう。はそう思った。
 チップは、そうか、と嬉しそうな顔をした。
 難しい顔をしているのはアンサーのみ。

「現実問題、国が国として認められるにはですね……」
「認めてもらうには自分たちで『国ですよ』って思うのも大事でしょ?」
「まあ、そうかもしれませんけど」
「実際、アンサーも東チップ王国の国民なんでしょ? 補佐官? なんでしょ? なら良いじゃない~」

 たった一日でここまで打ち解けられるとは思っていなかったのだろう。アンサーは戸惑っているようにも見えた。
 馴れ馴れしいかとも思ったがこれがの性分だ。信頼を寄せられるものには全幅の信頼を。そして自分も力の限りを尽くす。

「私ね、アンサーたちのお手伝いするよ! アンサーずっとキャッチキャッチって大変そうだもの。今も本当だったら通信? に出なくちゃいけないんじゃないの?」
……。よく見ていましたね」
「ヒヨリィが言ってたよ!」
「いつの間にヒヨリィとも仲良く……」
「朝に会ってね。自己紹介しておいたの! 他にも……」

 そう言っては、朝、外を散歩したときに会った人物の名前をいくつも挙げていった。拾われた時から肩に提げているカバンの中からメモを取り出して、それを見ながら、出会った人々の印象も話していく。だいたいみんな「いい人!」で締めくくられていたが。
 の行動力に、チップもアンサーも瞬きした。

「そこまで気に入ったか、ここ」
「うん! みんなヤンチャで良い人だね」
「ヤンチャですか……」

 元気なを見て、二人は、彼女の傷がほとんど癒え切っていることを再確認する。昨日川を流されていた時には、明らかに片腕がしばらくは動かせないであろう大怪我を負っていたはずなのに。そんな気配は微塵もなく、は諸手をあげて喜んでいた。

「私、お片付けやお料理ぐらいだったらできる。だから言ってね!」
「おーおー、頼もしいな」

 チップがぽんぽんと頭を撫でると、は一層嬉しそうに笑みを咲かせた。まるで子供だ。
 だが、の料理の前に、チップたちはこの国の主食を彼女に味わってもらうことにした。
『寿司』である。
 病み上がりのは、チップとアンサーから「寿司を食べよう」と言われて驚いた。

「寿司職人がいるの?」

 ……と。
 残念ながら寿司職人と呼べる人物はこの辺りにいない。
 主にチップの記憶を頼りにそれっぽいものを再現した少々エキセントリックな料理がこの国の『寿司』である。
 はチップが大のジャパン好きであることをこの時まだ知らなかった。
 そして、差し出された『寿司』を食べて、は初めて顔をしかめた。

「これ……お寿司じゃないよ!」
「んなっ!?」
「違う、違うよー! こんなぶっ飛びな味じゃないの~!」

 違う、ちがう、と連呼するに、おろおろするチップ。何となく展開を予想していたアンサーは溜息を吐いた。
 しかしそこから驚くべき事態へ発展する。
 は大事そうに提げていた鞄から、ごそごそと何かを取り出した。見る限り、何かの調味料。それと食材たち。

「キッチンはどこ! そこ!? 借りていい? ご飯まだ余ってる?」
「お、おう……」
「ちょっと待ってて!!」

 鞄から取り出したものたちを抱えて、はキッチンへと消えていった。
 呆然とするチップ、アンサーが言われた通りに待っている事しばらく。
 大皿を抱えてが戻ってきた。

「お寿司ってこういうのなの!!」

 どん、と置かれた大皿には、綺麗に『寿司』が並べられていた。見た目に関してはチップたちが提供したものとは大して差が無いように感じられる。しかし、香りが違った。調味料の違いが大きいのだろう。

「慣れてないかもしれないけれど食べてみて。はい、お醤油もあるから」
「お、おう……」
「お頭さっきからそれしか言えてませんよ」

 鬼気迫るに言われ、チップとアンサーはおそるおそるの用意した寿司を食した。
 ……美味しかった。
 ほろりと口の中でほどけるシャリと適度な大きさと新鮮さのネタのマッチング。つけすぎない醤油が旨味を底上げしていた。次、また次と、寿司を口に運ぶ手が止まらない。

「どう? これが本当のお寿司だよ」

 これをこの少女が作ったのだと思うと、二人は大いに驚いた。

、お前すげえな! もしかしてジャパニーズなのか?」
「た、多分ジャパニーズだと思うの……たぶん」
「俺もジャパニーズだ!」
「えっ」
「お頭のは自称なのであまり真に受けないでください。それにしても美味しいですね」

 チップの見た目は明らかに西洋人だ。困惑するにアンサーがそっとそう告げる。それでもチップはジャパン生まれを主張するが、それだけ彼の思い入れは深いのだろうということでは気持ちを整理することに決めた。
 そして、アンサーは食事を終えると、の鞄へ視線を向けた。

、その鞄なのですが……」
「うん」
「明らかに容量オーバーしてませんでしたか」

 そう、それはまるで、とある闇医者ファウスト氏の鞄のように……。
 言われてチップも「ああ、そういえば」と頷く。

「出てきたモンたちより鞄の方が明らかに小せえよな。は法力が使えるってことか。それもかなり高度な方の」
「ほうりき……」

 呟くに、アンサーが尋ねる。

「法力をご存じでない?」
「うん……」
「マジかよ! 知らねえでこんな法力使ったモン持ち歩いてんのか!」

 チップの驚きように、は無意識のうちに鞄を抱え込んだ。「取り上げたりしやしねぇよ」と言われて、そっとその手を解く。見た目は完全なる普通の鞄だった。少し使い込んであるが大切にしてきたのであろう品だ。
 はまだ驚いているらしい二人に、

「鞄、のぞいてみる?」

 と提案した。
 顔を見合わせた二人は、しばらくしたのち、へと向き直りほぼ同時に頷いた。
 は何だか嬉しくなって、鞄を開いて二人へと近づけた。

「ほうりきは詳しくないけれど、この鞄はのちょっと特別な鞄なの! いくらでも入るんだよ」

 そして、その鞄の奥底に広がる、実にサイエンスでファンタジックでミステリアスな亜空間に、チップとアンサーは自然と身を引いてしまっていたのだった……。
 空間歪曲の術。それが少女の抱える小さな鞄の中に息づいていた。
 記憶を朧に失った少女には、まだまだ彼らの想像を超える何かがあるのかもしれない。
 ……ただ、当の本人は至って呑気で、驚く二人を見て、誇らしげに笑っているだけだった。

「すごいでしょ、この鞄!」
「あ、ああ。すげえよ。大事にしろよな」
「ただ、あまり誰彼構わず見せびらかしたりしない方が良いかもしれませんね」
「そうなの? わかった。じゃあチップとアンサーには特別だね!」

 本当に無邪気な笑顔だ。
 彼女には、もう少し他人を疑うことや警戒することを覚えさせた方が良いのかもしれない。

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