は懸命に働いた。
そして、合間に手裏剣やクナイを投げる練習もした。チップとアンサーが投げているのを見て、「できた方が良いのかなあ」とうっかり呟いたらチップが嬉々として教えてくれた。
周囲の人々ともだいぶ打ち解けた。
この国に集う人々たちはみな、チップという人間の強いカリスマ性に惹かれていた。
アンサーはたったひとりの補佐官として大いに頼られていた。
ふたりのそういう在り方が、はとても嬉しくなる。
ふたりの、皆の目指す国のために少しでも自分が貢献できているのだとしたら、更に。
「ひとりでも出掛けられるようにならねえとなァ」
チップの言う通りだと思って、は頷いた。
出掛ける時には大抵チップかアンサーが一緒だ。と言っても出掛ける先が東チップ王国の外の場合の話である。
二人に連れられて、は色々な人物に会った。禁煙中の賞金稼ぎ、イリュリアの王様たち、コロニーの女剣士、道すがら出くわした中華娘……。記憶のないのために、少しでも刺激になればと気を遣って、チップとアンサーはそんなことを繰り返していた。
いつもチップに背負われているは、たびたび申し訳なさを感じている。
「でもま、そこらへんにだったらもうひとりでも大丈夫か」
「たぶん、多分大丈夫かな……?」
「自信ねえな?」
「……うん」
は非力も非力だった。いまだに手裏剣が的に届いたことが無い。少しずつ飛距離が伸びてはいるが、あと少しのところで届かない。
体術・組み手も駄目だった。縮地は少し出来るかもしれない。ただ、この世知辛いことも多い世界でひとりでも大丈夫と言い切るには、決定打が足りなかった。
「何か自分だけの武器とかありゃいいんだけどな」
自分だけの武器、と聞いて、は何か考え込んだ。
「……私、少し考えてみるよ」
それからは自分のテントに籠ることが多くなった。
アンサーの手伝いをしながら、チップの様子を見守りながら、折を見て。
籠るようになって4日目あたり。はしゃぐことのなくなったを、アンサーが心配するようになった。今日も今日とて真剣な顔ですぐに自分のテントに戻ったを見て、アンサーは呟く。
「は何をしてるんですかね……。なんにしろ根を詰めすぎなければ良いんですが」
「心配なら見に行ってやれよ」
「あんたその隙にまたどこかへ遠征だとか言うでしょう」
チップは肯定とも否定ともつかない表情で肩を竦める。
それを見てアンサーは額に手を当て、やれやれと溜息を吐いた。大統領としてチップには目を通してもらうべき書類などが山とあるのだ。話し合いたいこともあるし、あまりうろちょろされては困る。事務仕事という事務仕事を全てアンサーに投げ出す悪癖も今後の為に修正していかなくてはならない。
「を口実にあちこち遠出しまくってましたしね、ソレを片付けるまでは逃がしませんよ」
「わかったよ、そんな見張ってなくてもやるぜ。……俺も心配だし、のこと見に行ってやれよ」
「本当に逃げ出さないでしょうね?」
「約束する」
……頭の言葉を信じて、アンサーは『ぷれじでんと』テントを出た。
のテントまでは然程かからない。ゆっくり歩いていると、のテントの方から何か怪しい音が聞こえてきた。
――何の音だろう?
アンサーは急ぎ足で近づいて行った。近づくと、怪しいその音は、誰かがどたばたと走り回っている音であろうことが分かった。ただそれは、ひとりのものではない。もう一人分、やや軽めの足音が響いている。
「やったー! やったー!!」
テントからはの歓声も聞こえた。トラブルではないらしい。
「? ちょっと良いですか?」
テントの入り口でアンサーが声を掛けると、「良いよ!」とすぐに軽やかな声が返ってくる。
何やら嫌な予感を感じつつ、アンサーがテントに入ると……。
――カバンが、立っていた。
何をどう認識しているのか、アンサー自身も困惑した。しかし、そう語るほかなかった。
ちょっと大きめの旅行用カバンに、頼りない手と足が生えており、その頼りない足で、カバンが自立していた。
そのカバンの隣に立って、は自慢げに笑っている。
「ほら、手振って」
がそう言うと、カバンは、細い手をアンサーに向けて振ってみせた。
アンサーの肩がビクッと跳ねる。
カバンは、可愛らしく手を振りながら、今度はアンサーの周囲をどたどたと走り回り始めた。それを緩いスピードで追いかけたが捕まえて、両手で掲げて見せてくる。
「自立型カバン、ミミックくんです」
ミミックくん、と呼ばれたカバンは、がま口を見せて――どうしたことかギザギザの歯が綺麗に並んでいる――にっこりと笑った、ように見えた。
「み、ミミックくん?」
「うん」
腕の中で可愛らしくもがくカバンを撫でながら、は語る。
「チップにね、私もひとりで出掛けられるようにならないとなって言われて。何か身を守るための方法を持たなくちゃと思ったの。それで私にできることを考えたら、なんか、うん、カバンを作ること……に、なってた。気が付いたら。貯蔵カバンの中から良さげな部品を引っ張り出して、素材を用意して、色々ああしてこうして作り上げたのが、こちらのミミックくんになります」
そう言ってがミミックを床に下ろすと、ミミックは、生を受けた喜びを享受するかのように、またどたばたと走り回り始めた。
「ミミックくんはね、カバンそっくりな見た目通り、何でもかんでもいっぱいいくらでも食べられるよ。あと大きさも、がま口財布から今以上にでかいカバンになることもできるよ。読み書きも出来る。簡単なお仕事も出来ると思う」
「何かのマジックとかじゃあないんですね、コレ」
「うん。が一から作りました」
「触ってみても平気ですか」
「うん。大丈夫だよ」
が「ミミックくん」と呼びかけると、どこに耳があるかも分からぬミミックはの元へとやって来た。そしてに抱き上げられ、アンサーに引き渡されると、両手両足から力を抜いた。
「いきなり脱力したんですけど」
「敵意がないしるしだよ。チップやアンサーはの大事な人だからって教えたの」
「そうですか、はぁ……」
アンサーはミミックをあちこち触って確認した。触り心地と見た目は普通のカバンだ。「手足……」とアンサーが呟くと、ミミックは手足をどこかへ引っ込めた。完全にただのカバンだ。裏返してみたり引っくり返してみたりして、重量質量もやはりカバンだとアンサーの思考は判断した。
おそるおそるがま口に手を伸ばしてみる。パチリと良い音がして開くと、真っ暗な底の見えない空間がカバンの中にぶわりと広がっている……。底が知れないという言葉がアンサーの脳裏を過った。
漆黒を見つめるアンサーに、が言う。
「気をつけてね。落っこちると出てくるまで大変だからね」
「落っこちる!?」
「うん。ミミックくん深いし広いもん」
アンサーは素早くミミックの口を閉じた。
十分確認できただろう、と言いたげにミミックは手足を生やすと、アンサーの手からくるりと一回転して抜け出る。巧みな体捌きで着地すると、の側へと歩み寄っていった。
アンサーは頭を抱えた。
「とんでもないものを作ってる……」
紙とペンを持ってミミックは何やら書き出し始めている。
「あ、さっき食べさせた新聞の記事だね~。物覚え早いねぇ」
「なんですって」
「アンサーみたいでしょ」
アンサーは更に頭を抱えた。
「おーい、何してんだ?」
そこに、やはり事務仕事を放棄してチップがやって来た。
頭を抱えるアンサー、はしゃぐ、書き物をする謎のカバンを見て、チップは目を丸める。
「WHAT? なんだそのカバン、自立してんのか? が作ったのか?」
「そうだよ! を守るカバン! ミミックくんです」
「へぇ、面白ぇなぁ」
チップはミミックの前で屈み、書き物に勤しむカバンをつつく。ミミックはちらりと顔(?)を上げたが、相手がチップだと気づくと安心したように書き物に戻った。
「感情があるみてえに感じるんだが……」
「あるよ。なんかそうなった」
「オマエとんでもねえもん作ったな~」
にこにこ笑うに、けらけら笑うチップ。
悩んでいるのは何故かアンサーだけだった。
「お頭、これは本当にとんでもないものですよ。何がどうしてとんでもないって、は感覚だけでコレを作ったことが一番とんでもない。どたどた走り回ったり、文字を書く。の話では簡単な作業が出来る。おまけに口の中にはぞっとするような闇が広がってます。まだこのカバンのキャパシティは把握しきれてませんがヤバイことだけは伝わります」
「が作ったもんなら危なくねえだろ」
「何ですかその絶対的信頼は……!」
「アンサーは私のこと信頼できない?」
「信頼できますけどっ!」
そうじゃない、そうじゃないとアンサーが訴えている間にミミックは書き物を終えた。
そこにはが食べさせたという新聞の記事がまるまる写されていた。綺麗な文字である。チップはそれを手に取ると、へえ、と頷いた。
「コイツ頭良いな。アンサーの仕事の手伝いとかできるんじゃねぇか?」
「あっ、それいいかも!」
「を守るカバンに私の手伝いをさせてどうするんですかっ!?」
しかし後日本当にとチップはミミックにアンサーの手伝いをさせてしまう。
的確に書類を運んできてくれ、不要な書類は食べさせることで処理できるミミックくんの手軽さというか利便さに、アンサーもアンサーで許容せざるを得なくなったのだった。
「ミミックくん、これ食べちゃってください」
「アンサー、ミミックを使いこなしてるじゃねえか」
「いい発明をしたかもなの」
こうして新たな国民(?)が誕生した。
名前をミミック。自立式カバン型疑似生命体。
大きく鋭い歯、底なしの許容量で、生みの親・のボディーガードを務める。
その他、アンサーの書類仕事を手伝ったり、チップに縮地を教わったり、のびのびと生活中。
ただあまりにも感情豊かに設計されたためか、夜は生みの親の――――――――(ミミックによる規制)。
戦闘能力に関しては、製作途中密かにが負っていた大怪我で立証済みである。
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