念の為にに検査入院を勧めた後、篠原は彼女について調べた。必然的にパートナーである什造もそれに付き合う形になる。

「篠原サン、そんなにあの子が気になるです?」
「目が見えないから、で片付けるには落ち着きすぎていただろ? 普通“喰種”に襲われたらもっと取り乱すはずだし」
「んー、よくわかんないです」
「……まあ、私の勘と気紛れだよ」

 篠原と什造は、共に彼女の経歴が記された書類に目を通した。入院している彼女に医師が詳細を訊き、纏めたものだ
 。23歳女性。
 12年前に父親を亡くし、それから3年後に母親も死亡。その後は東北の親戚のもとで暮らしていたが、成人を機に東京20区へ一人で移住。同区にて書店の販売員として勤務。
 此処まではさして特別な内容ではないのかもしれない。
 しかし――……。

チャン、前にも“喰種”に襲われたことがあるですか」
「らしいね」

 何と彼女は、過去に二回“喰種”に遭遇していることが明らかになった。
 一度目は父親が亡くなった時。帰宅途中のと父親を“喰種”が襲った。とっさに父親はを抱きかかえ庇った。に大きな怪我はなかったが、代わりに父親は体の半分以上の肉を削がれ死亡。近所の住民の通報により、彼女らを襲った“喰種”は程なくして現場で駆逐された。
 二度目は東京に来て間もなくの頃。深夜の帰宅途中に“喰種”に襲われた。しかしそこに別の“喰種”が乱入。乱入した“喰種”はを襲った“喰種”を殺害した後、彼女の眼鏡や携帯電話を破壊するのみで去っていったらしい。

「にしても……“喰種”が人を見逃した?」

「不思議なこともあるもんですねえ」什造の呟きに、篠原も頷く。

「おまけに彼女の証言。コレ、本当に不思議だよ」

 篠原は書類に目を落としたままぼやいた。
 ――書類には、当時のの証言が記載されていた。内容はこうである。

『“知り合いに似ていて殺しにくい”と言われ、見逃してもらった』

 当時は、襲われたショックで正常な判断が出来なくなっているんだろうと片付けられた彼女の証言。
 人間にとって“喰種”とは絶対的な悪であり恐怖だ。非情な非日常。そんな存在が、人に情けをかけた。
 もちろん“喰種”にだって感情がある。だからこそ社会に溶け込み、人に混じり、生きたいと願い、人を喰らう。そんな“喰種”にとって人間の目撃者の存在はマイナスでしかない。
 それにしても彼女を生かした理由が“これ”とは、あまりお粗末過ぎはしないか?

「まさかチャンがウソつきだったりしますかねぇ」
「嘘だなんて、それこそまさかだよ。“喰種”を庇ったりしたら厳しい処罰が下されるんだからな。うーむ……“喰種”の考えることは判らんなぁ」
「僕は周りの人が考えることもよくわかんないです」
「そこら辺は、これから少しずつ判るようになればいいさ。……さて、と」

 書類を一纏めにして、篠原は腰を上げた。

「什造。彼女のお見舞いに行こう。この証言についても直接聴いてみたいしね」
「はあい」

 鞄に書類を入れて歩き出す上司の背中を、什造はゆっくり追い掛ける。
 の入院している病院までは十分歩いていける距離だ。〔CCG〕支部を出た二人は、途中で見舞いの品を買い、の元を訪ねた。
 病室に入ってすぐ、は篠原たちに気付いた。視力の悪い彼女へ病院側が眼鏡を貸してくれたようで、黒縁の眼鏡を掛けている。
 ちょうど窓の外でも眺めていたのか、は、起こしていた体を篠原たちの方に向けて会釈した。

「こんにちは」
「こんにちは、お見舞いに来ました。調子はどう?」
「元気してますかー?」
「お陰様でだいぶ調子良いです」

 二人の来訪に、顔を綻ばせながらは答える。

「その上、お見舞いにまで来ていただいて……。寂しかったので、嬉しいです」

 そう言えば、ベッド周りには彼女のものであろう携帯電話があるぐらいで、誰かが来た様子は無い。花瓶に花が飾られている訳でもなく、見舞いの品がある訳でもない。
 彼女が入院してから5日は経つ。職場の知り合いや友人ぐらい、訪ねてきそうなものだが……。
 考えても口にはしない篠原と違い、什造はすぐにそのことをに訊ねた。

「誰もお見舞い来ないですか?」
「はい。家族もいませんし、周りは私のことが気味悪いみたいです。この見た目とか“喰種”に三回も襲われたとか、おかしいって」

 自分の金とも銀とも言えぬ長い髪を弄りながら、自嘲気味には語る。
 僅かに伏せられた彼女の瞳が寂しげに潤んだのに気付いて、思わず篠原は口を開く。

「君だって好きで襲われた訳じゃないのに酷いな……。あと什造ももっとデリカシーある発言をしなさい」
「すいませぇん」

 篠原と什造のやり取りを見て、は楽しげに笑った。

「気にしないでください。私は大丈夫ですから」
「本当にごめんね……」
「いえいえ」

 笑うと頭を下げる篠原を他所に、什造はドーナッツを食べ始めていた。……篠原がの見舞い用にと購入した品である。

「什造! お見舞いに持ってきたものをお前が食べてどーする!」
「こんなにいっぱいあるです。ちょっとぐらい平気ですよ」

 椅子に座り、足をぶらぶらと揺らしながら什造は答える。
 それを見て、ますますは笑った。

「ですね。私だけじゃ余してしまいますから、一緒に食べて欲しいです」
「悪いね、何度も……」
「大丈夫です。本当に楽しいので」
「良い子だなぁ……君」

 結局三人でドーナッツを摘まみながらの談話となった。
 勿論ただ楽しい話をしに来たわけではない。メインは“喰種”に襲われたことについてだ。書類と照らし合わせながら、篠原は訊ねた。

「以前にも“喰種”に襲われて、見逃してもらったっていう話だけど、不思議な証言だったね」
「私も不思議でした。あの時も吹っ飛ばされるし眼鏡は壊れるしで、相手が男性だってことぐらいしか判らなかったんです……。凄い体格の良い“喰種”でした。私を襲った“喰種”をあっという間に倒してしまって……本当に今でも見逃してもらった意味が判りません」
「聞けば聞くほど不思議になるですねぇ」

 ドーナッツをもごもごと頬張りながら什造は呟いた。

「そう言えばチャン、お母さんも“喰種”に襲われて亡くなったですか? 地味に気になるです」
「だから什造、そう根掘り葉掘り訊きすぎるもんじゃないよ」
「もしかしたらお母さんも“喰種”に狙われやすかったとかかもです。そういう人がいるのかもって」

 訊ねられたはというと、大して気分を害した様子もなく――寧ろ淡く微笑みながら――、什造の問いに答える。

「母は殺されました。ただ“喰種”にではなく、“喰種”を模倣する人たちの集団があって、その人たちに……です。私が学校に行っている間、ちょうど母の仕事が休みで家にいた時のことでした。それ以前に母や父が“喰種”に襲われたかどうかは、確かめたことが無いので判りません」
「……そうだったのか。大変だったね」
「でも、結構何とかなります。実際生きてるので、私」

 笑いながらは自分の胸を押さえた。その下で脈打つ心臓を確かめるように、そっと手を添えたまま、彼女は言う。

「父や母に守られて、そんな後でも成人まで面倒を見てくれる親戚がいてくれて、こうして鈴屋さんたちに助けてもらって……生きてるので幸せです」

 幸せ。
 その言葉に、篠原は目を細めた。
 この世界を狂わせているのは“喰種”だけではない。人間が人間を殺め、篠原たちが追う“喰種”もまた、同族同士での争いを止めない。
 どちらの生き物からも大切なものを奪われたが「幸せ」だと言い切れる理由は何なのだろう? 本当にもう彼女には“命”しか残されていないのだろうか? 親戚の元を離れた理由は? もしかしたら彼女自身、自分が『疫病神』であると思い込み、何も抱えぬようにと此処に来たのだとしたら――。
 篠原の考えは、が急に深々と頭を下げたことによって中断される。

「助けてくれて有難うございました」
「どーいたしましてです」

 返すように、什造も深々と頭を下げる。
 篠原はまじまじと二人を見つめ、思った。

(やっぱり何か似てるな……)

 挙句二人は、篠原が声をかけるまで動かずにいた……。
 何処かずれていて、その為に妙な噛み合いを見せる什造とに、篠原はつい苦笑いを浮かべた。

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